蔵貫浦(三島神社)のビャクシン−西予市三瓶町蔵貫−
 宇和海の東岸に蔵貫(三瓶町)という半農半漁の地区がある。地区の南側に比較的流量のある川があり、三瓶湾に注いでいる。水利に比較的恵まれた蔵貫は、宇和海の漁村には珍しく稲作が行われている。
  西向きひらけた蔵貫の集落や水田は台風などによる風害を受けやすい。水田は浜近くにまで迫り、潮の飛散による塩害を考えると、風の脅威は相当深刻であるはずだ。
イブキ
唐獅子
 蔵貫の三島神社の境内にイブキの巨木がある。根回り7メートル。小豆島・宝生院のイブキは日本のイブキの頂点木で幹回りが約17メートルもある。蔵貫のイブキは宝生院のそれと比較して樹齢や太さに違いはあるが、このイブキが海岸のごく近くにあって根元が裂け、過酷な環境で生育したことを考慮すると、樹齢約500年の歳月は平地で育った宝生院のイブキの何倍もの苦難を重ねたと言えるだろう。
 蔵貫では毎年8月(二百十日の7日前)、このイブキのもとで風除け祭りがおこなわれるという。ちょうどこのころがイネの開花時期にあたり、イブキを風の神の依代にして豊穣祈願が行われるのである。
 蔵貫を訪れた10月15日、風除け祭りは終わっていたがイブキのもとで秋祭りがおこなわれている。唐獅子の前で、半纏様の衣装に紅白の襷を掛け、化粧まわしに草鞋姿で小学生が太鼓を打っている。境内の傍らでは四ツ太鼓(瀬戸内沿岸や関西では太鼓台、チョウサとも)や牛鬼が控え、祭りの巡行を待っている。南予の一隅でゆっくりとした時が流れている。今秋のコメの作柄も良かったことであろう。−平成23年10月15日− 
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イブキのこと
鞆の浦の礒のむろの木見むごとに相見し妹は忘らえめやも
             (大伴旅人 万葉集 巻3 447)
離磯に立てるむろの木うたがたも久しき時を過ぎにけるかも 
              〈遣新羅使 万葉集 巻15 3600〉
 万葉集に、むろの木をうたった遣新羅使や大伴旅人が歌が採録されている。むろの木はイブキ(モロギ)と解されている。海浜のがけ地などで見かける木。中国産のそれをシンパクといい、日本産の野生種をイブキあるいはビャクシンと呼ぶ。蔵貫のイブキにかけられた説明板には「イブキビャクシン」と丁寧に書いてある。
 遣新羅使の詠歌から昔、瀬戸内海の島々にイブキの相当な巨木が茂っていたことを思わせる。今日、寺社の境内でイブキの大木を見ることはあっても、瀬戸内海の島々ではなかなかめぐりあえない。成長が遅く希少価値があって巨木は大半、伐採されてしまったのだろう。四国では佐田岬半島の先端部にイブキの林班が見受けられ、目通り1メートルほどに育ったものも多い。大切にしたい岬の木である。
 日本はアジアモンスーン地帯にあり、台風の常襲地帯。稲作を選択した私たちの祖先は、風との戦いを常とした。とくに、春分から二百十日前後は稲の開花期にあたり、日本各地で風除けの祭りを行った。コメが税とされた時代には、その出来不出来が国家の命運をも左右した。風祭りは国家行事として律令で定められ、大和の龍田大社(末尾の令義解神祇令参照。広瀬神社の祭は廃絶)で風祭が行われ、万葉集に、「・・・山おろしの 風な吹きそと うち越えて 名に負へる社(もり)に 風祭りせな」とうたわれたのである。龍田大社の風神祭は6〜7月であるが、地方においては蔵貫の三島神社のように稲の開花時期に合わせるなど実施時期は神社や習俗によりさまざまである。

令義解
 神祇令第六 孟夏
 風神祭 [謂ふ、亦廣瀬、龍田の二つの祭なり。レイ風吹かず、稼滋登(かしょうますますみの)らしめむと欲す。故に、此の祭有り。凡此の四つの祭を読むことは、まず神衣を読み、其の次に三枝、其の次に大忌、其の次に風神なり。即ち公式令の連署と義同じ。以下の諸祭も並此の例に准ぜよ。]