唐招提寺のうちわまき(開山忌団扇散会式)−奈良市五条町− |
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唐招提寺に参詣。うちわまきを見るために、45年振りに西ノ京に杖を曳いた。界隈の薬師寺は再建され、唐招提寺金堂の修理も終わり、あの美しい甍が蘇った。鑑真和尚の御影像の写しも出来、参詣者はいつでも‘若葉して
おん眼のしずく ぬぐわばや ’<芭蕉>と詠まれた尊像を拝むことができるようになった。
近鉄・西ノ京駅下車。目と鼻の先に薬師寺。そこから唐招提寺に向かって北へ300メートルほどの細い道を往くと寺。崩れた築地とひょろひょろと伸びた黒松の並木道は昔と変わらない。もっともささやかな道の自動車交通量は大分増え、のんびりと田園の緑や彼方の三笠山を眺めつつ歩く楽しみは失せてしまった。
唐招提寺の南大門をくぐると金堂の甍がまぶしい。西ノ京に住まいしたころ鐘を聴き、朝な夕なに拝んだ金堂の三尊。今日も変わらず四天王に守られておわします。盧舎那仏に手を合わせ口元がかすかに緩んで見えると一人合点して、加齢の寂しさに苦笑いして境内をしばし散策。
重厚で清浄な金堂。棟から流れ落ちるような丸瓦の激流を堂の前面で支える8本の柱。遠くガンダーラの匂いのする円柱が基壇の石畳で軽やかな音楽を奏でている。果たしてこの大建築物も堂に納まった諸像を刻んだ渡来の軍刀力一派の作なるものか。堂前の左右に差し出た松ヶ枝が一層、この堂の美しさを引き立てる。東大寺の三月堂が多分、本邦の一流の大工が長い時間をかけて創りあげた整美な建物であるの対し、唐招提寺金堂は印象的な清浄感が漂う建物である。
うちわまきの会場となる鼓楼周りに人垣ができ、1番太鼓、2番太鼓の音を聴き、午後3時からうちわまきは始まった。しかし、うちわを拾ってご利益にあずかろうと思っても、参詣者すべてに楼上から撒かれるうちわを拾う権利があるわけではなかった。参加券を別途得て拾うか、入場の際配布された抽選券に当選するかしてうちわを得るしか方法はない。
人また人の渦。事故の予防策によってまつりのシステムが相当、変わってしまったようだ。「朝8時半から並んで参加券をいただきました、おかげでこのとおり。」と、うちわを掲げてみせる人。「また来年きます。」と、肩を落とす人で境内は悲喜こもごもだった。
人生の終盤にさしかかると、過去を辿ることはなかなか勇気のいることでもある。喜びも悲しみも時間の経過がみな寂しさに変えてしまうことだってある。二度と会うこともない人や戻らない時の経過を思うと、本当に寂しいものだ。したがって私は同じところに二度足を運ぶことに相当、警戒するようになった。けれども神社仏閣は別かもしれない。年をとることも喜怒哀楽すらもあらわさない仏像や神像或いは神木などに、私たちは永遠の命を感じることもできる。行きつ戻りつ、よい終焉を迎えることができればいい。唐招提寺のうちわまきは半世紀を経てまた、よい思い出を重ねてくれた。−平成26年5月− |
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ハート型のうちわのかたち |
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講堂(奈良時代。8世紀後半) |
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鼓楼(鎌倉時代。1240年建造) |
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礼堂(鎌倉時代。1284年建造) |
うちわまきは毎年5月19日、唐招提寺の開山忌の行事。団扇散会式(うちわまきえしき)という。当日、講堂に宗徒が参集して光明真言三昧や梵網経講読を勤修し、法要後お供えした長い柄にハートのかたちをした宝扇が鼓楼の楼上からまかれる。
むかし夏、唐招提寺開山鑑真和尚が菩薩六波羅密の行を修めているとき蚊が群集したので弟子が団扇で追い払おうとすると、和尚は「虫にも物を施さねばならない。喜んで食われてやろう。」と言われた。その因縁によって、和尚入寂後、和尚から戒を受けた法華寺の尼僧が忌日にうちわを送って供養したという。これがうちわまきのルーツであるらしい。今は寺でうちわをつくっているが、うちわを持ち帰ると雷避け、火難をまぬがれ、五穀豊穣、安産などにあずかると伝えている。
うちわのかたちがなぜハート型であるのか。唐招提寺の講堂の懸魚(げぎょ)を眺めると六様(懸魚上部の六角形の飾り)の外周部にハート型が確認できる。唐招提寺の講堂は平城宮東朝集殿を移築したものであるので、ハートの文様は8世紀後半には本邦に伝わっていたとみられる。時を経て、六様から飛び出たハートが鼓楼や礼堂の三花の懸魚(げぎょ)の間隙を飾るようになったのだろう(写真参照)。
一般に懸魚の猪目模様は、懸魚に彫られたハート型をいう。猪目と呼ぶのは、懸魚がはじめハート形を二分した型であったことが講堂の打ち抜きでからわかる。そのかたちが猪の目玉に似ていたから猪目と呼ばれた名残の呼称と思われる。懸魚本体部の猪目は、唐招提寺鼓楼のそれから少なくとも鎌倉初期には用いられていたのだろう。
ハート型は古代エジプトや古代ギリシャで用いられている。本邦へ伝わったハート型は、寺院建築においては始め懸魚の六様に用いられたと思われる。ハート型と寺院、今日的感覚から不似合いとみる向きもあるかもしれない。しかし、欧州においてはハートのかたちを聖職者(聖杯)のシンボルとする見方があり、本邦では使用例からみるとそのように認識されたのかもしれない。
鼓楼から舞い落ちる長い柄のついたうちわ。愛らしくうきうきとした気分にさせてくれるハートのついたうちわ。うちわまきは夢と希望を感じさせるまつり。−平成26年5月− |
参考: 博多祇園山笠(九州・福岡) 筥崎宮の放生会 玉せせり 玉垂宮の鬼夜 婿押し(春日神社) 博多どんたく みあれ祭(宗像大社) 小倉祇園太鼓 市川の天衝舞浮立(佐賀) 唐津くんち 七ツ鹿踊り(四国・愛媛)
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