滋賀
多羅尾たらおの虫送り−甲賀市信楽町多羅尾−
 虫送りホタル飛びだす多羅たら(尾)の宵 <閑山>
 信楽に多羅尾という地区がある。藩政期には近江・伊勢・播磨国など諸国の天領を治める多羅尾代官が陣屋(代官所)を構えたところだ。
 地区は信楽の山中にあって四通八達の道が交じり合い、伊勢や京道の道標が往時のよすがを偲ばせている。地区の中央を流れる大戸川。その流域に田畑が開けている。要害をなす山塊は風化した花崗岩で覆われ、透き通った川底は赤茶けた花崗岩の砂利。昭和28年、多羅尾は山津波にのまれ多くの犠牲者を出した苦い経験がある。しかし今、多羅尾は見事に復興を遂げた。清流が流れ、山腹にササユリが咲き、ヤマアジサイが美しい。
ササユリ(多羅尾)
 多羅尾は高燥、寒冷。気温は信楽の中心街よりさらに2、3度低いとも言われ、ササユリの開花は京都・山城より2週間、丹後や奥丹波、信楽より1週間程度遅い。虫送りのころ、咲きそろう。

 6月28日、多羅尾地区の里宮神社の虫送りが午後7時半ころから始まった。神事の後、同8時ころ灯明の火が松明に点火され、氏地の大人や子供が松明を手にして境内を出発。鉦、太鼓を打ち鳴らし、松明がその後に続く。田んぼ周りの道を周回し、村はずれで松明を焼却。
 松明の点火から約1時間、虫送りは無事終了した。虫送りが終わると、この地方ではホタル狩りを行わない。ホタルはのびのびと川辺を飛べるというわけだ。しかし、近年、多羅尾においてもホタルの姿をみることもめっきり減ったと土地の人。
 例年、7月中旬には祇園祭(里宮神社)が行われる。
虫送りという行事
 信楽では虫送り(地方によっては実盛送りとも)を田虫送りという。田虫は稲につくウンカやズイムシ、イナゴなどの害虫の総称。旱魃や虫害は稲の大敵。蔓延すると凶作の原因となる。
 虫送りは宵のころ松明を灯し、鉦、太鼓を打ち鳴らし、地区の田んぼのあぜ道を松明を抱えて歩き回り、「田虫送るぞ! 田虫送るぞ!」などと叫びながら村はずれまで害虫を追い払い、駆除する農村の呪術行事。当地区では呪文を唱えることはない。
 虫送りはかつて西日本の農村で広く行われた行事。大体、6月下旬ころから始まり土用入りのころまでに行われた。害虫の発生をみてからこれを行うところが多かった。戦後、農薬の普及により害虫の大発生が抑えられ、昭和30年代ころから町村合併などを機会に虫送りの行事も廃絶になるところが多くなり、近年では住民の記憶から消えてしまった。虫送りは時代の変遷とともに失われた祭のひとつといえるだろう。虫送りは「実盛送り」の別称もあり、この行事の淵源を示している。実盛は平氏の斉藤別当実盛のこと。平家物語の「実盛最期の事」の段で綴られた実盛である。伝説によると、実盛は源氏方の手塚太郎光盛と一騎打ちに臨んだ際、稲田の切株につまづき打たれ、その御霊が田(稲)虫になったとされる。虫送りの背景に怨霊信仰があるといえよう。科学的知識が未発達の時代には、予期しない災害が発生した場合、不慮の死を遂げた人の怨霊による祟りという信仰があった。多羅尾の虫送りでは実盛の人形を立てるなど具体の怨霊は示されないが、それを供養することによって田虫を追出す祭といえよう。
 信楽では例年、多羅尾の里宮神社(6月28日)や小川の天満宮(7月14日)などで虫送りの行事が行われている。農薬の開発普及によって虫害は激減したが、地区一統の行事として虫送りを行い、子供等が稲作の難しさを知り、ともに共助の気持ちを大切にするという地区住民の強い願いも込められているのだろう。よい祭りだった。−平成24年6月−