京都
湧出宮(和伎神社)の居籠り祭り−木津川市山城町平尾−
 春浅い日、京都・山城の湧出宮(和伎神社)で「居籠祭」が行われた。祭りは2月16日、17日の2日間(第3土日に開催)。初日は門の儀、大松明の儀が行われ、2日目は勧請縄奉納の儀、饗応の儀、御田の儀が行われた。祭事は与力座が運営し、歩射座、古川座、尾崎座が参画して行われた。
 湧出宮の神社行事は、氏地の宮座によって挙行される。居籠祭は音響を慎み、居籠る作法が特に厳重に行われる氏地一統の祭りである。祭事中、物音をつつしみ、火を消し、戸締りをして忌み籠り明けを待つ行事は、
戦前、戦後の間もない時期までかなり広く行われていたかと思うが、今日では地域の経済活動の変化やその他の事情から途絶えてしまったところも多く、また存続するところにおいてもかなり簡略化、凝縮化されているのも時代の流れであろう。居籠祭は斎籠祭とも書くが、加古川の日岡神社のそれは初亥の日から巳の日までの物忌みであるところから亥巳籠祭と書く。高知県の土佐神社や島根県の物部神社のそれは忌籠祭と書くのが一般的である。対馬のように古い神事形態を残すところでは、イゴモリが追儺の日の風習として行われ、祭り(行事)に漢字が当てられることもなかったように思う。昔は、西宮神社の宵戎には市中の各戸が戸を閉ざし、音響を禁じ、簾で入口を隠し、門松を逆さに立てるふうがあったし、祝園神社の氏地でも正月の初申の日から3日間は森の悪鬼が遊行するといって氏子は忌み籠った。湧出宮においても、祝園と同様に森廻り神事などに他見をはばかる居籠りを伝えている。
 イゴモリが物忌み、物鎮めの行事であったことは各地の行事に共通するが、実施の時期や神社における神事の運びは様々である。京都の山城の祝園神社や湧出宮の居籠祭は奇祭として聞こえる祭り。木津川を挟み東西に対峙する両社の居籠祭は、祝園神社が1月、湧出宮のほうは今は2月の行事となっているが、「入り」と「明く」で終わるいずれも3日間の行事である。社間は近接し、大松明の儀や御田の儀など似通った行事もみられるが、祝園社は風呂井の儀という奇習をともない、また湧出宮には御供炊き神事や四ツ塚神事といった居籠祭の核心部分はやはり奇習といえるものだ。
 湧出宮の居籠祭を概観すると、1日目にニッキ(肉桂)の葉をつけたカンジョ(勧請)縄が歩射座によって午後2頃境内に運び込まれ、拝殿等でソノイチ(巫女)によ鈴祓い(神楽の簡略形)が行われた後、カド(門)の饗応の儀が夜間の7時頃から始まる。拝殿に各座が分かれて居座り、与力座の給仕で与力・古川・尾崎の3座の者を饗応する。饗応の所作や各座、給仕の装束は古式が厳守されている。給仕には青年が当たる。饗応が終わると、午後8時頃から大松明の儀が始まり、松明に点火される。神職は本殿でエイエイノットと称される散米・祝詞奏上を行う(写真右上)。本殿脇では大松明が天上を焦がしている。同夜、丑の刻には野塚神事が行われる。榊で作った野道具(小型農具)が境外の塚に納められ、これが耕作の事始めとなるのである。2日目には、与力座による3座の饗応が1日目同様の古式で進められ、ボウヨ(少年)の田舟曳き、神職の籾蒔きなど農耕模擬の後、ボウヨとオトモ(ソノイチに従う少女巫女)による田植の儀に移り、白紙で巻いた松苗が植えられる。しかる後に、座衆や参詣者に松苗、ゴマエサンマイが配られるのである。
 一般参詣客が帰った後、御供炊き神事、四ツ塚神事がある。垢離をとり斎戒の青年がニッキの葉で御供を炊き、樫の葉に載せ神殿や四ツ塚(域内の門神の祭場)に供え、しばらくして御供の召し上がり具合を見に行き、神様のご機嫌を伺うのである。農耕の予祝の意味合いであろう。
 湧出宮の居籠祭の饗応の儀などは律令制下の郷飲酒礼(春の田まつりの日に、郷の年寄を集めて飲酒し、尊老養老の道を知らしめるもの。古記によれば、田まつり(祈年祭)の日に村落の男女を寄せ集め、約束事を読み聞かせ、年若い者が給仕に当たった。)に淵源があるのかも知れない。居籠祭は福岡の春日神社の婿押しを連想させる。さらに、大松明の儀は、追儺の行事に付随する火祭り(福岡玉垂宮の鬼夜に類例)をおもわせる。御田の儀は稲作の作業手順沿ってその模擬を演じるのであるが、農家は社務所などでくだされる松苗を田の畦に立て豊作を祈願する。御田植祭そのものである。そうすると湧出宮の居籠り祭は、郷飲酒礼の行事に物忌み、青年の氏子入り、物鎮めや農耕の予祝など村落一統の祈念祭としての要素が加わり、発展してきた祭りといえるだろう。古色がのこるよい祭りである。
 湧出宮(和伎神社)は、JR奈良線・棚倉駅東側に鎮座し、鬱蒼としたイチイガシに覆われた社である。延喜式に列せられた古社である。−平成20年2月−

門の儀(湧出宮拝殿)
大松明の儀(湧出宮
境内)
饗応(湧出宮拝殿。
写真は湧出宮展示
資料)
田植えの儀(湧出宮拝殿。
写真は湧出宮展示資料)
参考:九州 福岡 博多祇園山笠 筥崎宮の放生会 玉せせり 玉垂宮の鬼夜 婿押し(春日神社) 博多どんたく みあれ祭(宗像大社) 小倉祇園太鼓 佐賀 市川の天衝舞浮立 唐津くんち 四国 愛媛 七ツ鹿踊り 南予の秋祭り  保内の四ツ太鼓 和霊神社の夏祭り 香川 牟礼のチョーサ 四国の祭り 梛の宮秋祭り ひょうげ祭り 小豆島の秋祭り 徳島 阿波踊り 中国 広島 安芸のはやし田 壬生花田植 豊島の秋祭り  ベッチャー祭り 三原やっさ祭り 岡山 西大寺会陽 近畿・京都 湧出宮の居籠り祭 松尾祭 やすらい祭 木津の布団太鼓 祇園祭  田歌の祇園神楽 伊根祭(海上渡御) 三河内の曳山祭 大宮売神社の秋祭り 籠神社の葵祭り 本庄祭(太刀振りと花の踊り)  紫宸殿楽(ビンザサラ踊り) からす田楽 野中のビンザサラ踊り 矢代田楽  大阪 八阪神社の枕太鼓 四天王寺どやどや 杭全神社の夏祭り 粥占神事 天神祭の催太鼓 生国魂神社の枕太鼓 天神祭の催太鼓 秋祭り(藤井寺) 南祭 枚方のふとん太鼓 科長神社の夏祭り 岸和田のだんじり祭り 奈良 龍田大社の秋祭り 大和猿楽(春日若宮おん祭) 奈良豆比古神社の翁舞 當麻寺の練供養 漢国神社の鎮華三枝祭 飛鳥のおんだ祭り 二月堂のお水取り 飛鳥のおんだ祭り 唐招提寺のうちわまき 国栖の奏 滋賀 麦酒祭(総社神社) 西市辺の裸踊り 多羅尾の虫送り 大津祭 北陸 福井 小浜の雲浜獅子 鵜の瀬のお水送り