京都
松尾祭−京都市西京区嵐山宮町−
松の尾は鳥立つあとの祭かな <友下>
 桂川の右岸地に松尾大社がある。秦氏の氏神で大山咋尊(おおやまくいのみこと)、市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)を祭神とする。京都最古の社と伝え、酒造りの神として酒造家の尊崇が厚い。年中行事の多い社だ。
 春祭りとなった松尾祭(まつのうまつり)は、千年以上の伝統がある。平安時代は山城国司が郡司らを率い、内侍が参社し、神祇史が幣物を供える国の祭だった。
 時代は下り、いつのころからか神輿が出て4月の下の卯の日に渡御祭(神幸祭。今は4月20日以後の第1日曜日)、5月上の酉の日に還御祭(還幸祭。神幸祭から21日目の日曜日)が行われるようになった。
松尾祭御出舟渡御(榊御面と月読神社の唐櫃)
 渡御祭は「御出(おいで)」、還御祭は「おかえり」と京都人は言う。神輿は松尾7社(本社、四大神、衣手、三宮、宗像、櫟谷、月読(つくよみ))からでるが、摂社月読神社のみは神輿ではなく唐櫃を奉じて渡御。大正時代以前に神具が唐櫃(明治時代以前は板の玉串という者もいる)であったかどうか疑問はあるが、神輿以前の祭礼のかたちをよく残しているように思う。御出の日、神輿は末社各社の拝殿を3周して氏地を出立。
榊御面(翁面)
 松尾大社を出た行列は、大きな榊に錦の袋(嫗面が入っているとも)を掛けた稚児(榊御面(さかきごめん)と呼ぶ)と、同様に榊に翁面を掛けた稚児の行列が先頭を行く。続いて月読神社の唐櫃、その後にそれぞれ長い竹の先に提灯を結わえた作り物と旗を携えた6基の神輿が続く。
 昼12時過ぎ、大きな榊を携えた稚児、唐櫃、神輿が桂離宮そばの堤防に到着。同40分、神職、稚児、榊御面、唐櫃、白衣の従者が2艘の舟に分乗し桂川を渡御。舟は川の右岸沿いにくだり、桂大橋の橋げたに沿って対岸に到着。渡御の所要10分ほど。
 神輿は離宮下で桂川を渡橋し河原に下る。その際、一本足で跳ねるような特殊な足使いで神輿を練って降り、大練を行なった後、整列する。唐櫃と神輿が居並ぶ前に祭壇が組まれ、神饌(みけ)を供えて祭典が行われる。桂河原は氏子で埋まり、合間にご馳走を準備し氏子の饗応が始まる。
桂河原に勢揃いした神輿
 御出の行列は神輿を主としたもので実に簡潔、精美なものである。まことに穏やかなものである。
 やすらい祭で口火を切った京の春はここ桂(川)河原で爛漫の春の到来を告げる。
 やすらい祭と松尾祭は千年の伝統がある。少々のことでは驚かない京都人が一目おく祭である。
 京都人は松尾祭のことを俗に、「うかうかとお出、とっとお還り」の祭という。祭の期日である「卯」と「酉」のごろあわせをして、渡御祭と還御祭をやっかみ半分に氏地の人々を羨んだものだろう。
 全国で斎行される春秋の祭で、鎮守を出た御霊がお旅所に一時とどまり祭典を行う営みは、氏族の祖霊神を地下(支配地)から社に祀るようになった経緯をよく説明しているように思う。このような祭のかたちは中世、松尾大社など京都の諸社が諸国に置いた荘園等支配地の荘官等が領主(家)の氏神を勧請することにより、広く浸透したものだろう。
 松尾祭においては二十日余日もの長い間、御霊乃至その分霊が地下にとどまる。秦氏の強大な勢力を物語る。 
 桂河原で祭典を終え、祭の行列は七条通りを東進する。4基(衣手・三宮の2基を除く)の神輿を西七条御旅所に、1基を西京極郡の衣手社御旅所に、1基を西京極の川勝寺の三宮社御旅所に納める。
 松尾祭は、室町時代に社人らが遺恨により乱闘事件を起こしたことがあったが、以来荒れることなく清廉で厳粛な趣を保ち、今日まで京都の爛漫の春を象徴する祭となっている。
 松尾祭の還御祭(還幸祭)は、渡御祭にまして盛大に行われる。還御祭の日は6基の神輿が揃って七条御旅所に参集し、稚児の奉幣の後、唐橋の朝日神社(西寺金堂跡)に向かい、同社の斎場において白衣に葵蔓をかざした唐橋氏子(赤飯座)がコウケン(小輪とも。白い炒りあられ)、スケトウ鱈、ワカメなどの神饌を献じ、西の庄の吉例の粽(ちまき)の献饌が行われる。さらに行列は七条通りを東進し朱雀御旅所で祭典後、七条通を西に向かい西京極、川勝寺、郡、梅津の氏地を巡り還御する。
 松尾大社の社殿は葵蔓で飾られ、神職ら行列に供奉する者は冠や烏帽子に葵蔓をかざしにする。松尾祭に葵祭の異名がある。 
◇◇◇◇◇
 平成25年の松尾祭御出は、4月21日(日)だった。この日、朝から曇り空で強い風が吹き、桂川を横断する高圧電線がうなり、河畔で芽吹きした柳や桂の木が激しく揺れた。
 榊御面と唐櫃、6基の神輿は1時間余をかけて次々に大橋下手の祭典斎場に集結。その後はやや風はおさまり、日がな天気は大崩れすることもなく良い祭だった。還幸祭は5月21日(日)に行なわれる。−平成25年4月−

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