奈良
茅原の大とんど(吉祥草寺)−御所市茅原−
吉祥草寺の大とんど
吉祥草寺の大とんど 1月14日、‘茅原の大とんど’(御所市茅原)が吉祥草寺で行われた。寺の開創は役小角。小角が分け入り、修行した山・葛城山は目前に迫っていて、寺の一角に小角生誕の産湯の井戸がある。
 大とんどは、吉祥草寺の修正会結願の日に境内で行われる火祭り。本堂前に据えられたとんどは雌雄一対。四隅を一抱えもある巨木の杭と荒縄で固定してある。
 二つのトンド中、境内西側の雄とんどは約700キロ、高さは6メートルにも達する。地区の人が今では調達難となった萱を1年がかりで集め、竹を用いて枠を組み、祭前日に巨大なとんどが出来上がる。雄とんどは大蛇のような太荒縄を巻き上げ、頂上に蝋燭状の突起を立てる。(写真) 
 巨大なとんどと、朝顔形の形が珍しく、近畿一円から参拝客が訪れる。とんどの形は、一般的には三角形の円錐型(参照)。野外で神饌の煮炊きをする際、瓶などの調理道具を掛ける三脚の用具を模したものという者もいる。
 茅原の大とんどは逆三角形。古い札などを投げ入れる人もいて、焼却の便を考慮したと考えられなくもないが、俄かに首肯しがたい。茅原の大とんどの場合、それを朝顔形にして直立させたことによって、とんどの美しさが一層、増している。私たち見物人は、地区先人の美的感覚の確かさを思わねばならない。
 1時間ほどかけてとんどが燃え尽きると、萱の燃え残りや、火縄に火をうつして持ち帰る。萱の燃えがらは田圃の水口に刺し、火縄の火であずき粥を炊いたり燈明にうつしたりするのだという。このようにして地区の人々は、1年の無病息災と豊穣を祈念するのである。正月の鏡餅をトンドの火にくべ食したり、書初めを燃やして字の上達を願うところもある。−平成26年1月−

 近畿地方や中部地方では一般的に、とんどを左義長(さぎちょう)と呼ぶところが多い。茅原のそれはその起源を文武天皇の14日間にわたる祈願法要にこめ1300年の歴史があるという。14日間の祈願(期間)は修正会の期間と一致しかつ、その結願の日に火祭りが行われるので、天皇はこの修正会に併せ苦悩の鎮静祈願を行ったものか。
 一般的にさぎちょうは左義長と記しその起源について兼好法師が徒然草にまた貴紳が日記などにしたためているがもう一つ分かりづらい。左義長の呼び名も中部地方ではサギチョウまたはサギッチョと呼ぶところが多いが、関西ではむしろトンド又はドンドと呼ぶ方が多かろう。四国辺りではミカンヤキなどと呼んでいて、左義長の呼び名は消えつつある。
 ところでかつては、左義長を二度行うところもあったようである。宮中でも15日と18日に行われていて、九州などでは七日正月と小正月の二度、左義長を行うところもある。福岡の鬼夜は七日正月、婿押しは正月14日に行われる左義長。茅原のそれは大とんどと呼んでいるから、別の日に小とんどが行われていた可能性もあるだろう。また茅原のように左義長を2基以上設けるところもある。
 わが国の古い信仰では、左義長は祖霊を迎える魂祭(たままつり)。魂祭は正月と盆に行われる。荒々しい霊魂を追い除く目的で火祭りが行われてきた。火祭りは14日の夜または小正月の朝にかけに行われることが多いが、大晦日に行ったり七日正月に行う地方もある。また左義長が年占神事と結びつき、左義長をぶつけ合って勝敗を争い、豊凶を占うところもある。