京都
浦島(宇良)神社の例祭(太刀振りと花の踊り)−与謝郡伊根町本庄浜−
 京都府に海がないと思っている人がいる。
 近年、日本海に軍事的緊張が云々されるようになり、丹後半島の北端に自衛隊施設が設置されるなどしてようやく「海の京都」が知られるようになった。二葉百合子の岸壁の母を聞いても京都を意識する人はそれほど多くはいなかった、皮肉なものである。
 丹後半島(丹後)は京都府下にある。その東側は若狭湾。漁業と観光が支え。海は金樽イワシで聞こえ、ウラニシ(季節風)が吹けば吹くほど寒ブリの豊漁に恵まれる。伊根祭(大祭)など奥丹後の祭りは漁獲の豊凶に影響されるとさえいわれる。 
 朝妻海岸伊根からさらに、北に進むと朝妻(あさずま)の溺れ谷海岸(写真)。道路の右(東側)に新井崎、津母の断崖が延々と続く。海鳥が群がる定置網の向こうにうっすらと越前岬がけむっている。
 断崖が続く海岸道路を行くと、1本の川があり漁村集落が開けている。筒川の河口にひらけた本庄浜である。
 本庄浜から筒川河口の常世橋を渡って川沿いに遡ると浦島(宇良)神社。日本書紀や古事記に記された浦島太郎伝説を伝える社である。

 境内から笛・太鼓の音が聞こえる。今日は本庄祭。浦島神社の本祭日。昨日は宵宮、明日は地下祭、都合3日間祭りが続く。本祭の今日は本庄浜の上(あげ)、宇治(うじ)2地区から太刀振りや花の踊りの奉納がある。
 平成26年8月3日、10時半ころ浦島神社に参詣。祭りは午前9時ころから斉行されていて、境内では本庄浜上地区の太刀振りが奉納されている。
浦島神社<もみあい(からもみ)>
お祓い<拝殿> 社殿周回
 午前10時50分ころから宇治地区が太刀振りと花の踊りを奉納。太鼓を据えた楽台(屋台)が紅白の綱に曳かれて斉庭に入場。拝殿に向かって左側に楽台を据え、鼓手の左手に横笛の奏者が控える。奏者は大人3人と学齢期の女性が数名。太鼓と笛の音(笹囃子)に祭り気分は一気に盛り上がる。楽台は山車ほどもある妻入りの大きなもの。木鼻やその下部に象の彫刻が施され一見、社殿の造りを思わせる立派なものだ。
 拝殿の前に幟、後ろに傘鉾、内宮入口の鳥居門に色紙を短冊に切り分けた大きなシデを持った氏子が立っている。宝前の斉庭で棒振り、小太刀・大太刀振りが奉納される。
 棒振りはチャーハーと呼ばれる男児(2人)。小太刀(2人)と大太刀(9人)振りは主として青年男子が奉納。ダイフリ(ジャーフリとも。正副がある。)という成人氏子がそれら奉納行事の指揮をとる。
 太刀振りの装束は丹後一円のそれと同じ。いわゆる太刀振り装束で、着物に白襷をかけ、たっつけ袴をはき、白の向こう鉢巻に白足袋裸足である。太刀の長い柄(つか)の両端は白のシデを結ぶ。
 チャーハーは黒襟の晴着に空色の手甲、帯を締め、襷は黄色。振り棒に色紙を巻き、両端をシデで飾る。丁寧に仕上げられ、大変美しいものである。身長にあわせて振り棒に長短の工夫をするという。
 ダイフリは、着物にタッツケ、足袋裸足である。正副ふたりとも竹のササラを持つ。その先端を割って色紙をはさみ、直下に色紙のシデを回した採り物。正副の違いは、正のダイフリのそれは、赤布の頬かむりして赤の襷がけ、着物は白地に黒襟、黒足袋、腰に塩を詰めた竹筒を下げる。副は向こう鉢巻、襷、足袋ともに白のものを着用する。チャーハーにつかず離れず、幼子の身の安全を図ることが主任務と思われる。首に赤布を結ぶが赤布の頬かむりをしたり塩筒を提げることはない。装束はたいへん生真面目な趣である。正のダイフリは太刀を持ち荒ぶる剣士の制御や複雑な奉納行事の総指揮とともに、氏人を和ませる道化の役目もある。斉庭を塩で清め或いは太刀振りの所作を間違った剣士にそれを投げつけるなど動きは面白おかしく、忙しい。
 以上が棒振り、太刀振りの規模や装束、採り物のおおまかなかたち。
一 準備が整うと小太刀を先頭にして一同、斉庭を巡り、やがて中央に剣士のもみあいの輪ができ、チャーハーと副ダイフリがもみあいの周りをぐるぐると回る(写真上)。
一 続いて、一同が社殿に入り神職からお祓いを受ける(写真上)。
一 お祓いを受けた後、一同が社殿周りを3周、全力疾走する(写真上)。
一 その後、チャーハーによる棒振り、青年男子による小太刀振り、大太刀振りが奉納される。(写真下)
一 大太刀振りが終わると再びもみ合い。本庄浜上の太刀振り組みも加わって迫力がある(写真下)。神様は一般に、荒事を好まれる。
棒振り 小太刀振り
大太刀振り
もみあい
 一 続いて「花の踊り」の奉納。2場面(組)あって、それぞれ一見箒のような採り物を持ち神事歌をうたいながら踊る。
花の踊りの奉納(宇治地区)
花の踊りの奉納(締め太鼓。宇治地区)
採り物は竹の先に藁(わら)束を結わえ、それに梅や桜の造花を刺してつくられる。家主宅で祭礼前の3日間、花づくりが行われる。
 一 1組目の花の踊りは、前列に、花の採り物を持った成人男子4人が並び、その後ろに太刀振りと笛の囃子方。最前列は締め太鼓(2名)の鼓手と鼓手の補助が並ぶ。装束は太刀振りと同じ。さらに、鼓手に向き合ってうたの熟達者たちが並ぶ(写真左)。踊りは神事歌のリズムに合わせ、足を前後或いは左右に動かすほどの静かなものである。
一 もう1組の花踊りは、浴衣に紋付の羽織がけ、下駄履きの成人男子12名と鼓手(2名。他に補助2名)によって奉納される。左手に既述の花、右手に地紙に日の丸を描いた扇子を持ち踊る。踊りの足使い、扇子の振りとも複雑なものである(写真下)。
花の踊り(成年組)
 「花の踊り」は神事歌と踊りの総称、造花のそれを持ってうたうところから生じた呼び名であろう。本庄浜(浦島)で歌い継がれ、歌詞が記録されているものは12曲ほど。歌詞の多くは藩政期につくられたものだろう。
 花の踊りの1番目に「松の踊り」「通いの踊り」が奉納され、次に(2番目)に「毬の踊り」「笠の踊り」など3曲が奉納された。曲により踊りの足使いや扇の上げ下げなど振りが異なることはすでに述べた通り。太鼓の打ち方も曲目によって異なる。
 神事歌の1例として、「笠の踊り」の歌詞を末尾に掲げておいた。この曲では鼓手は締め太鼓を手に持たず、下から太鼓持ち(補助者)によって支えられた太鼓を打つ。
       姫御の笠
 姫御の笠を想像してみる。歌詞から笠は菅笠。17歳であるから遍路や釣り人が被るようなものではあるまい。しかし、復古の市女笠や一文字笠では極端に過ぎる。
 蔵書を繰っていると、「二千六百年風俗史」(昭和16年。故実研究会出版部)に明和安永(1764〜1980年)ころの上方女子外出風俗の再現写真が掲載されている(写真)。京都に残っている実品から再現されたもので、この風俗が笠の踊りのイメージに一番合っているように思う。三度笠のようであり三度笠でない骨に’夜露の白め’の菅が使われた。何とも上品な菅笠に思われる。
 3曲歌い終えた時、この歌はアンコールの掛け声がかかるほど人気のうた。境内のどこからか姫御がふっと現れるような錯覚を覚える。
 この神事歌はよぼど好評であったらしく伊根町の朝妻地区や久美浜町愛宕神社の太鼓歌として歌い継がれていたが、後者の方は、残念ながら廃絶に至ったようである。また歌詞につき朝妻のものは浦島のものとは若干異なり、歌詞に整序の跡が認められる。 
 歌詞を見ると、うたはうら若い嫁御の笠にかこつけ、笠骨は紫竹小竹がよい(好まれた)、笠の材料である菅(スゲ)は善光寺(平)の中野産がよい、笠の縫い糸は越後産の19(本)撚りの真糸(絹糸)がよいと撚り糸の数を撚り手の乙女に重ね、看板(送り状)は京都の清水楼とうたっている。姫御は17…、糸は越後の19…とうたい、何とも言えない慕情をにじませる。歌中の姫御は清水楼の姫御に違いない。
 浦島(本庄浜)の妙船踊歌の歌詞に、’沖のべざいに「さま」なに積むぞ…’とあるように伊根は廻船が往来する日本海ハイウエーの海の駅。北前船が往来し、時に風待ち、海難避けの港だった。斉庭に「べざい船」(模型)が展示されている。うたの作者はこうした廻船業に携わった労働者或は沖行く船を日々眺め暮らした人だったのだろうか。
 うたの多くは丹後の街の巷でうたわれたに違いない。中には浦島の花の踊り歌のように神事歌として振りまでつけて愛誦されたうたもあった。しかし、うたの多くは時の流れとともにうたかたのように生まれ、消えていった。宮津節のように三味線歌として長くうたい継がれているものがある一方、多くの歌が消えた。亀島(伊根浦)の祭礼歌などは戦前に断絶したといわれる。
 幸い、浦島に「花の踊り」の祭礼歌として多くの民謡が残された。丹後の歴史の手形でもあるだろう。民族の誇りとしなければならない。−平成26年8月3日−
              笠の歌
  ヤ〜
  イザヤ踊ろう イザ踊ろう良い、ヤー
  笠の踊りは 一踊り
一 ヒヤー
  十七姫御の召したる笠は(繰り返す)
  ヒヤ のぼりの縫いかや下りの縫いか
  ヒイヤ
  あら 美しの笠の縫い
    ヤー 笠の踊りは 一踊り
一 ヤー
  笠骨竹をば よそろじ山の(繰り返す)
   ヒヤ 紫竹小竹と好まれた
   ヒヤ 笠の踊りは 一踊り
一  ヤー
  菅は善光寺の中野の小菅(繰り返す)
  ヒヤ 夜露の白めと好まれた
  アー 笠の踊りは 一踊り   
一  ヤー
  糸は越後の十九のより糸(繰り返す)
  ヒヤー 真糸で縫わせと好まれた
   ヤー 笠の踊りは 一踊り
一  ヤー
  看板は都の清水楼(繰り返す)
  ヒヤ 遊山所と好まれた
   ヤー 笠の踊りは 一踊りこれまでよ
  ヒイヤー ホ ハ エ
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