大和川の支流・石川の上流に科長神社という式内社がある。社域は神功皇后の生誕地と伝える。そこは二上山の東麓にあたり、なだらかな山麓に開けたたところ。用明、敏達、推古各天皇の陵や聖徳太子の廟所にも近い。社に接して伝小野妹子の墓があるのもこの地域の古い歴史をつたえている。
科長神社の夏祭りは7月。平野の杭全神社など大阪市中の各社と同時期に行われる。だんじり5台中、2台は船形のだんじり。大屋根、小屋根は唐破風、彫物や幕飾りも美しいものだ。
中世には淀川同様に、大和川、その支流・石川も川船による通運が盛んだった。藩政期には綿業の盛行とともに剣先船が盛んに往来し、寛永年間には古市村8艘、石川筋の諸村に18艘が免許されていたという。科長神社の氏地もそうした水運による恵みによって潤ったのだろう。
祭は祓いや太鼓奉納の後、若者によるにわかが演じられ、境内でだんじりの練りこみがあった後、だんじりは順次、鳥居をくぐり音頭をとりをとりながら氏地を廻る。夏の日に、南河内のよい時間が過ぎて行く。-平成20年7月- |