近畿風雲抄
奈良
糸井神社の秋祭り−磯城郡川西町結崎−
 大和中央部に川西町結崎(ゆうさき)という在所がある。この地に天から翁の面が降ったという伝説があり、降下の地に面塚がある。観阿弥、世阿弥は当地に「結崎座」をおこし、芸道に精進したという。
 寺川の右岸に糸井神社がある。延喜式内社で結崎を氏地とする古社である。平成20年10月26日、同社の秋祭り(本祭)が行なわれた。
 背丈ほどもある大きな御幣(ごへい)を携えた祭の行列が鳥居をくぐる。烏帽子姿のトモに先導され、壺を吊るした四脚に木を結わえ、木の後方に箒状の稲束(籾付きのついた)を結わえたミキニナイを持ち、その後方に白衣姿のドーヤ(当屋)が続く。ドーヤは都合5人。次々と鳥居をくぐり、神殿に御幣を奉納。拝殿にドーヤ、トモが整列し、巫女神楽が奉納され、神事が続いた。
 糸井神社の秋祭りは、総じて大和の古い祭のすがたが伝承されている。当地ではドーヤは5人。氏地内の5地区から毎年、1人づつドーヤが選ばれる。複数の地区で宮座をなし、祭りをとり行なう古式を残している。一般的に各ドーヤ宅では臨時の祭場に木を立て、神社の神の分霊を祀る。オハケという営みである。祭りの日にそれを本社に遷して祭礼が行なわれるのである。当地では、御幣が本殿前に奉ぜられ神事の始まりとしているようである。その間、稲束や壺を結わえたミキニナイは境内の隅にまとめ置かれている。たぶん、古い昔には読んで名のごとく壺に酒などを入れたものではないかと思うが、籾と壺でミキニナイを構成している。初穂を献じるわけであるから、ミキニナイには豊穣祈願が込められている。
 それにしてもこの祭りの御幣は非常に大きなものである。斎串を含め2メートルは下るまい。延喜式をひくと8尺(1.8m)のものがあるが、糸井神社のそれはそれを超える大きなものである。それはミテグラとしても格別、大きなものである。

 拝殿に天保13(1842)年の墨書銘のある「いさみ踊り」の絵馬(絵馬1 絵馬2(部分拡大))が奉納されている。西出屋敷の氏子が奉納したもの。狛犬、燈籠の形状から実際に糸井神社の境内で行なわれたいさみ踊りの様子を再現したものだ。西瓜売りや水売りの露店が見え、夏場の雨乞いの祭りの様子を描いたものであろうか。踊り手は5列に並ぶ。中央に鼓を高く掲げバチを握る舞人が5人、その外側列でシデ(紙や木綿などを細く切りそろえた供えもの。ミテグラ)を回す舞人が8人づつ2列、都合16人。いずれも女性である。シデ回しの外側列に鉦打ち3人と、太鼓を胸に下げ御幣の斎串を背中に背負った3人の計6名づつ2列で都合12人、編隊の前後には大太鼓がみえる。境内の賑わいが実に生き生きと描かれている。この場合、シデは巫女(女性)が手に持って舞うことによって神霊の降臨を願ったものと考えられ、斎串に御幣を付けたミテグラも同様に降臨の依代として降雨を祈願したものであろう。
 シデ回しは天理市の大和神社に伝わる「紅シデ踊り」によって、また御幣を斎串に飾り舞う太鼓踊りは九州の山野楽などによっておおよその姿を知ることができる。糸井神社のいさみ踊りは廃絶になったが、これだけ詳細に描かれ保存状態のよい絵馬が残っているのだから、何とか復活していただきたいものである。−平成20年10月−
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