牟岐町の国道55線沿いの関集落に山頭火の句碑(写真右下)が建っている。句碑は、旧土佐街道沿いの「長尾屋」の宿跡にある。
昭和14年11月3日、宿の戸をたたいた山頭火を迎え入れ、柿をご馳走した宿の主人らのぬくもりが伝わる句である。句碑の辺りに、いまなお旧土佐街道(写真右)と当時の町並みがわずかに残っている。行乞によってその日の路銀を稼ぎなが
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旧土佐街道 |
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山頭火句碑 |
ら遍路の旅を続ける山頭火。八坂八浜を越え、ひたすら歩き続ける行乞行脚の旅路に山頭火は何を感じ句作に励むのか。当時といえども山頭火のような生活ぶりは肯定されなかったが、路傍の石となり行乞する身であるが故に、私たちの心底に潜む善悪の根源を純粋に感じとり句にうつしえたのであろう。「しぐれてぬれてまっかな柿もろた」。 淡々と詠む。山頭火は、日記中にもこの句の真意を語ってはいないが、折々の句に教訓的な解釈を滲ませる。解釈は読者に委ね、機微あるいは深遠を悟る読者の感涙を誘う句も多い。
円空や木喰は全国を行道行脚し、ありふれた木地に荒削りの仏を刻み、日本各地のお堂でいまなお人々の信仰を得ている。山頭火もまた、句作を通じ人々の教化に努めた行道の人ではなかったか。句碑は日記抄。 |