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おちついて死ねさうな草枯るる
濁れる水のなかれつヽ澄む
四国遍路の旅を終えた山頭火が松山に句友を訪ね、終の棲家となった一草庵(写真左)へ入ったのは昭和14年12月15日だった。句友の一洵らが奔走し、家財を揃えてくれた好意からだった。
大正13年、泥酔して熊本市電を止め報恩寺に連行され禅門に入った山頭火。その後、植木の味取観音堂、小郡の其中庵、湯田の風来居に結庵するなど句作に励んだ山頭火の境涯にもはや15年の歳月が流れていた。
一草庵は、御幸山麓の御幸寺境内の隠宅。2間続きの小さな居宅。閑静な高台にある。一草庵から少し離れたところに樋又川が流れている。川は今もなお清浄さを失ってはいない。水を愛した山頭火の心を大いに癒したことであろう。
体調の不調からか覚悟を感じさせる一草庵時代の山頭火の句は、静かな味わいを感じさせるものが多い。
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生き残る蠅がわたしをおぼえてゐる
鳴きつれて虫のいのちのほそりゆく
掃くほどに散るほどに秋ふかく |
昭和15年10月11日、 山頭火は一草庵で瞑目。享年59歳。−平成15年8月− |
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