松原の茶屋はいいね
薬罐からは湯気がふいている
娘さんは裁縫をしてゐる
松風 波音・・・
山頭火
松に
腰をかけて
松を観る |
昭和7年1月10日午後下がり、二日前に宗像の神湊にいた山頭火はもう唐津の虹ノ松原に達している。延長4.5キロメートルの松原の中ほどにある二軒茶屋に辿り着いた山頭火。唐津の街を目前にして、茶屋にうつろう「薬罐の湯気」と「娘さんの裁縫姿」にいたく惹かれた山頭火。茶屋の光景は、山頭火が希求したであろう平和のあり様をうつすものだった。極寒の茶屋の店先でごくりと生唾を飲み込む山頭火の後姿が目に浮かぶようである。 山頭火は教えている。平和はありふれた日常にこそ在るべきものであることを。松に腰をかけ山頭火が観たものは、人の世のとびきり上品な茶屋の平和であったろう。山頭火は句の作意を語ってはいないが、やはりこの句などにも山頭火の禅僧躍如としたものを感じる。
二軒茶屋の店向かいの駐車場脇に山頭火の句碑が建っている。句碑の前に小さなベンチが二つ、重ねて積んである。その後ろの畑で柿の木が赤い実をつけている。茶屋の裏手は松浦潟。松林をゆくほどに、澄んだ波音が聞こえてくる。−平成17年11月− |