佐賀 |
有明海を往く(草屋根紀行) |
潟にさぶらふ七浦の神さびてあるらし夕日のころに |
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有明海の北面に経ヶ岳、多良岳がそびえ、両山の麓から幾筋もの尾根が張り出し有明海に迫る。尾根と尾根との間に田畑が開け、小河川が土砂を海に払い出す。鹿島から諫早に至る浅海は、海と山との幾百万年もの地球の記憶。大潮の日、七浦の浅海から潮が遠のき、広大な干潟がはるか彼方まで浮きでている。七浦の海岸周りに点在する大岩は、二岳の忘れ形見。篠竹を四方に立て注連縄が巡らせてある。
東塩屋の立安寺のそばでクド造りの草屋根の民家が静かな佇まいをみせている。往くほどに、舟溜まりのあちこちで飛び跳ねる小魚はムツゴロウ。干潟が生物を育む。小舟が夕日に赤く染まっている。 |
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石とても神にしあらば西葉川こがねのひかりたづらにうつらふ |
七浦から鹿島へと国道207号線を往き、長崎本線の踏み切りを越えると、西葉川沿いに集落が開けている。集落を巡る山裾に民家が散在し、クド造り、鉤造り、一文字造りと多様な屋根構えの草葺住宅がぽつりぽつりと田園に静まってある。数棟はあるだろう。集落の西に竜源禅寺がある。ひときわ高い石段を登ると草葺の立派な本堂。草葺の堂が禅寺の静けさをいっそう深めている。
西葉集落の北側入り口付近の畑に大岩が転がっている。ずいぶん巨大な岩である。集落の立神であろう。注連縄が回してある。その向こうに黄金色に色づいた麦畑が広がっている。 |
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日はくれてゆきつもどりつ庄金の 浜大橋のなつかしきかな |
西葉から鹿島へと国道207号線を往くと、浜1,000軒とうたわれた浜宿の庄金に至る。長崎街道・多良往還に栄えた街である。旧街道に古色をとどめるよい雰囲気がある。
狭い庄金の街空間に草葺の民家が数棟はあるだろう。これほどまとまって草葺民家が残る宿場街は庄金のほかにはあるまい。なんともよい雰囲気が通りに漂っている。去りがたい懐かしさがある。
庄金の浜川に架かる大橋を越え、207号線を横断すると浜宿の酒蔵通りに至る。杉玉がかかる酒蔵や商家が軒を連ねる。浜宿の継家は藩政期の建物。旧郵便局舎は昭和初期のものであろうか。ここにも古色をとどめるよい雰囲気がある。 |
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この道はいつか来た道しらじらと涙おつるやちちははのことども |
浜宿の街を抜け、国道207線沿いの小道を往くうちに重ノ木の小舟津集落に至る。たんぼ一面に色づいた麦が初夏の風に揺れている。大麦の収穫が終わるとこんどは小麦の収穫。梅雨入りのころには水田に水草が浮き始める。
集落の一本道はことさらに郷愁を誘う。ちちははの住む故郷の道は、なにかしらこの道のようにいつもしらじらとしていたものだった。小舟津はなんどでも訪れたい集落のひとつである。 |
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禅寺や天突く屋根の高きゆえ舟がこぎくる潟のともしび |
小舟津を過ぎると、JR鹿島駅の東に所在する犬王袋集落に至る。鹿島川の南に開けた集落である。集落のなかほどに飛び抜けて高い寿福院の草葺屋根がみえる。棟の先端が錐のように尖っている。これだけ高いと舟の標識にもなるほど立派なものである。
犬王袋集落は、かつて目にしたことのない古色に彩られた温もりのある集落である。草葺住宅が10棟ほどはあるだろう。クド造り、鉤造りの民家が立ち並ぶ景観は本当に美しく民芸的である。おとぎの国を思わせる。ゆっくり、ゆっくり旅するのもよいだろう。―平成17年5月― |
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