| 忌部の館（三木家住宅）-美馬郡木屋平村貢- |
穴吹川が剣山の見ノ越辺りから次第しだいに水量を増し、そそり立つ断崖を削り、川幅を広げながら流下し、やがて吉野川に合流する。
渓谷は一千万年の地球の記憶。グリーンの片岩が水色を一層際立たせ、巨石に砕ける水が泡立ち石周りを純白に飾っている。僅かに色づきはじめた紅葉がまもなく渓谷に錦をそえる。
剣山系の襞を流下する穴吹川が南方向から西方向に流れを変える辺りに「三ツ木集落」が開けている。この辺りは、渓谷に迫る稜線はおしなべて緩やかで、大変見晴らしがよいところ。「三木家住宅」は、三ツ木集落からさらに3キロメートル余、三木山の頂上付近の尾根上にある。三木家は、江戸時代には大庄屋などを勤めた家系である。
急坂を登るほどに視界が開け、谷向こうの東宮山麓（標高1091メートル）に雲が湧き、集落が見え隠れしている。尾根を剥ぐようにして畑が拓かれ大屋根が輝いている。周りを人工林に囲まれた集落は、山腹の自然に溶け込んでいて民芸的な美しさもある（写真下）。
 三木家住宅は、見晴らしのよい山上近くの斜面にポツンと建っている。住宅は南に面し、茅葺、寄せ棟、桁行22.2メートル、梁間9.3メートル、棟に煙出し、軒周りに庇（オダレ）がまわしてある。築年は17世紀（1650年頃）。徳島県では最古の民家とされている。玄関を入ると土間。右手にチョウバ、ナカノオモテ、サキオモテと畳の三間が続く。チョウバは土間より一段と高く造ってある。住宅の背後の屋敷林は、巨樹が茂る要害の森。前庭にはふたかかえほどもある松が植わるが、台風被害にあい、地上1メートルほどのところで切られている。 |
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■ 阿波は、麻や楮などの生産地であったことが「古語拾遺」や「倭名類聚鈔」などにみえる。阿波の開拓者は忌部氏。忌部は、もともと斎部（さいべ）ともいわれ神明に奉仕した部族である。阿波と讃岐の忌部がよく知られているが、紀伊、伊勢、出雲、筑紫などにも住み畑地の開拓に当たった。日本神話は、阿波忌部は瓊々杵尊（ニニギノミコト）の従臣、天日鷲命（アメノヒワシノミコト）を祖とする部族と伝えている。
■ 木屋平を少し下った穴吹川の左岸に、白人（しらひと）神社の奥社といわれる「磐境（いわさか）神明神社」がある。社殿はなく山上に磧石（かわらいし）を積み上げた東西約22メートル、南北約7メートルの長方形をした磐境がある。正面に門が3箇所あり上部に板石をわたし、内部にほこらが5社ある。記紀の神代記にいう「磐境」と推測する者もいる古代遺跡である。いずれにせよ祭祀が「社」で行なわれるようになる以前、このような聖域を設け、麻や楮、アワ、キビなどの豊饒を祷ったのではないだろうか。祭祀は忌部氏が専管するところであったろう。山上に賢木（さかき）を立て行なう祭祀の形態が社に移行する過程を示す遺跡としても重要と思う。
香川県坂出市の城山・明神原の古代遺跡は、自然石を環状に並べてある。起源は讃岐忌部の祭祀にかかわる磐境の遺跡ではないかと考えるのであるが、後年菅原道真が雨乞祈願をした遺跡としてよく知られている。山上の古代祭祀遺跡の在り様は、骨材となる岩石の散布状況や祭祀の地域性によってその形状等にも差異が生じるのであろう。
■ さておき、阿波忌部氏は太古から天皇が即位のときは麻から麁服（あらたえ）を織り、践祚大嘗祭（せんそだいじょうさい）に貢進してきた。麁服の貢進には、阿波忌部の直系・三木家が関わり、御衣御殿人（みぞみあらかんど）として朝廷と深い関係を保ってきたのである。太政官から忌部宿禰あて貢進の要請文書など鎌倉から室町期にかけての古文書が多数保存され、三木家付属資料館（写真右上２段目）に展示されている。
三木家は、今日においても連綿として御衣御殿人の役割を果たし続けている。南北朝動乱期から江戸期まで中断していた麁服の貢進が大正時代に復活し、昭和、平成と受け継がれた。平成の践祚大嘗祭に伴う貢進では、木屋平で栽培、調製された麻から山崎忌部神社の織殿で麁服が織られた。周辺市町村の関係者あげて貢進に当たり、その様子は三木家付属資料館に展示された記録写真等からうかがい知ることができる。
■ 中世における三木家は、木屋平から吉野川に至る広大な領地を支配し、山岳武士団の棟梁として君臨した。この地方の支配に関する古文書も資料館に展示されているので見学されるとよいだろう。ご当主は、三木家第28代目である。-平成16年9月- |
参考：
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