有明海の北西部に人口約2万8,000人の白石という町がある。町は杵島山系の東にひらけた白石平野に展開し、米、レンコン、タマネギなど農業生産が盛んなところである。農業生産基盤整備の進展とともに白石のクリークの大半は姿を消した。コンクリートの水路の要所、要所に設けられた長四角の堀状の池は、圃場の乾田化をはかるための調整池といったところであろうか。
盛夏のころ、白石の田園地帯でレンコンの花が咲き始めた。白石の夏の風物詩である。
白石の平野に所在する集落は密集した感じはなく、むしろ散居村の形態をとどめている。平野のところどころに、レンコンの青々とした葉が茂り、タマネギの保管小屋を伴ったどっしりとしたクド造りの民家のある風景は、有明海に近いこの地方の民家の絶唱であろう。のびやかでなんとも美しいものである。
クド造りの発生は江戸時代中期頃といわれる。棟がコの字を成し、くどの形に見えるところからそのように呼ばれているが、鈎の部分が前へ張出しているもの(写真右上)や後方、或いは横に張出すものなど様式は多様である。強風に対処してクドの位置が決められるのだろうか。平面は、片方が土間で、土間に相対して田の字形の4間の部屋を設けるのが基本構成である。梁間はほとんど二間をこえない。内部の間取り等は改造されているものが多い。
クド造りの民家は、白石平野を中心にして有明海沿岸部に多いが、漏斗谷造りの民家とともに佐賀の民家の特色を示すものである。漏斗谷造りの民家は川副町に数棟残るのみとなっている。
近年、この地方においても葦葺き屋根に亜鉛引き鉄板を被せる民家が多くなった。屋根の形状がそのまま残されており、民芸的な美しさも失われてはいない。未だ葦葺き住宅の密度も濃い。材料の葦の調達が比較的容易なことに加え、湿度の高い夏場の凌ぎやすさが葦葺き住宅を魅力あるものにしているのだろう。
葦葺き屋根は、下層に藁、上層に葦を用いて葺くのが一般的である。福岡県前原町で葺き替え中の民家を拝見したことがあるが、ここでもやはり屋根の下層は藁である。北部九州の葦葺き住宅は大体、そのような葺き方である。
京都の丹波地方など降雪地域の茅葺き住宅は、富山の五箇山などにみられる合掌造りを基本としている。一方、徳島の美馬地方の茅葺き住宅は、屋根の面積が小さく、ゆったりとした庇を四方に回したいわゆる浮き屋根を基本とするなど屋根の形状にも地域の気候風土が反映されている。しかしいま、生活習慣の変化などによってこれらの草葺き住宅などが消滅しようとしている。たぶん、多少とも草葺き住宅に馴染みのある団塊の世代がいなくなる30年ほど後には、日本の農村から完全に草葺き住宅は姿を消すことであろう。加えて、建築基準法上の課題などもあって、草葺き住宅にかぎらず木造の純日本家屋の存続も大変困難になりつつある状況といえるだろう。−平成17年− |