犬王袋は、JR長崎本線鹿島駅の東に位置する有明海沿岸の町である。集落の北を鹿島川が流れ、農業の盛んなところ。二毛作地帯であり大麦、小麦の収穫が終わると間もなく田植えが始まる。5月下旬、集落周りは麦秋が漂いところどころで大麦の刈り入れが始まっている。
集落内でひときわ高く、円錐形をした美しい草屋根が聳えている。建物は、延命山寿福院といい曹洞宗の禅寺。棟を極端に短く、高くして一気に葺きおろしてある。寄せ棟造りであるが遠目には円錐形に見える。なんとも特異な建物であり、比類なく高く大きな屋根である。干潟から葦が豊富に供給されるという利点が活かされているのであろう。
集落を歩くほどに、1棟また1棟、草屋根が目に入る。小さな集落に10棟ほどはあるだろう。全国的にも例のないほど濃密な分布である。集落の草屋根住宅はL字の形をした鈎造りが多いが、コの字の形をしたクド造りの住宅も2、3棟ある。葺き降ろした四隅が少し跳ね上げてあるのは重圧感を除くためであろう。
いま日本の集落で文化財として保存されている草葺住宅は随分多い。しかし、人々がそこで実際に生活し、温もりをもった住宅群がどれほどあるだろうか。犬王袋の草葺住宅はよし(葦)という有明海の恵みを得て、その美しさを競うように草葺住宅を伝来の住居として人々に受け継がれてきている。私はこれほどまでに美しい住宅群を見たことがない。−平成17年5月− |