| 神社装飾を支えた彫刻師たち(丹波中井権次の場合) |
丹波・柏原(兵庫県丹波市柏原町)に宮大工として活躍し、後に神社仏閣の彫刻装飾を生業とする中井権次一統と称する彫刻師たちがいた。柏原中井家の創立者は江戸時代初期の人、中井道源とされる。
道源は、京大工頭として京都方広寺の大仏殿の造営にかかわった中川正清から数えて4代目に当たる人。正清は徳川家康の知遇を得て江戸城、駿府城、二条城などの城郭や日光東照宮、増上寺など江戸時代初期の神社仏閣など重要建築物のほとんどの造営に関わった人物だった。
徳川家の繁栄に伴い大工の需要が急激に増加するなか、大工の動員や処遇につき調整を必要とした。中井家は江戸幕府の作事の担当組織(中井役所)として、5畿内近江の6ヶ国の公儀に係る大工棟梁衆や大工に対する差配権に併せ、寛永期(1624〜1644年)には飯米や作料を大工に配分する役目をも担ったとされる。
中井道源は慶長20(1615)年ころ、中井役所から丹波柏原に派遣され、明智光秀の焼き討ちによって焼失した柏原八幡宮三重塔(写真右欄)の再建に当たった。三重塔再建後も道源は柏原に残り、柏原中井家の創立者となった。
道源から数えて4代目の中川言次(1722〜1787年)のころ中井家は神社仏閣の彫刻師として活躍するようになる。6代目中井正貞(1780〜1855年)は「権次橘正貞」を名乗り、その一統は昭和時代後期に至るまでに途絶えることなく丹波、丹後、但馬、播磨、摂津の各地方の神社仏閣に数多くの彫刻を遺している。中井家は昭和初期に宮津市に移住し現在、11代目光夫氏が彫刻店を営み、権次一統の系譜を継いでいるという。
道源から数えて約400年間、中井家は絶えることなく神社仏閣に特有の様式を備えた鳳凰、龍、獏、唐獅子など吉兆の霊獣や花鳥などを刻み続けた。規模の異なる様々の神社仏閣に多くの作品を刻み、北部近畿の彫刻装飾の文化の奔流であり続け、文化財として価値の高い作品も多い。
小さな集落の神社に参拝すると、「良い神さんがようけおってやで(大勢おられるので)、拝んでいきな」と土地の人。権次一統の作品は丹波の隅々の氏人の支持を得て、清らかな鎮守の片隅で浮世の塵をもはらっている。
中井権次顕彰会(以下、単に「顕彰会」という)発行の資料をみると、北部近畿を中心にして218個所の神社仏閣から権次一統の作品が確認(平成30(2018)年現在)できたという。さらに同資料から作品の分布をみると、中井家の本拠丹波市を中心にして約半数の110作品が丹波(地方)に集中している。権次の名を馳せた中井家の名声は北部近畿の人々に広く知られていたことだろう。まだ相当数の権次一統の作品が埋もれている可能性も否定できない。
そこで由良川右岸の本支流(綾部市内に限定)の神社に参拝し、彫刻作品の外観から権次一統のそれとみられる作品の有無についてランダムに調査することとした。
ちなみに、顕彰会によって確認された綾部市内の作品は八津合八幡宮(上林地区)、若宮神社(綾部地区)の2例がある。顕彰会作成の別資料によるとそれらの外、壱鞍神社(上林地区)、物部八幡宮(物部地区)、篠田神社(志賀郷地区)の作品が付加され5例とされ、史料間で作品数に差異が生じている。調査時点の違いから生じた齟齬と考えられる。
後者の資料から5例の神社の所在地をみると4例(八津合八幡宮、壱鞍神社、物部八幡宮、篠田神社)が今回、私が調査対象とした範囲内の地区で確認された権次一統の作品である。
調査に当たっては、神社縁起や改修履歴等の書き付け、申し伝えなどの資料収集は行っておらず、神社を巡拝し彫物の外観から確認するに止めた。したがって私が行った調査は拝観日記の域をでない単なる覚え書きにすぎない。
権次一統に限らず、銘板に棟梁・相方(双方)の名が示されたもの、相方の彫刻師の名が記されていないもの等々、銘版に様々の態様がある。また銘板は存在しても他派の彫刻師と合作とみられる作品なども存在するであろう。今回、調査した地区内の神社の装飾彫刻中、銘板が確認されたそれは篠田神社の彫刻のみで、いずれも無銘の作品である。もっとも仏閣をも含め神社の装飾彫刻は信仰の対象とされるものである。権次一統もまた修験者であることを希求し、歩き続けた求道の彫刻師集団であり続けたのだろう。
調査の結果、顕彰会資料に載っていないが、その態様から権次一統の作品ではないかと思われる作品が4例あった。概略、次のとおりである。
大川神社(綾部市栗町上村)
由良川本流を望む山腹に鎮座する神社。鬱蒼とした鎮守の森を切り崩した断崖を背にした一間社流造の本殿・拝殿が西向きに造営されている。通説は延喜式内社‘佐陀神社’とされる社である。
傾斜の急な石段を上ると拝殿の桁・頭貫の間から二頭の虎(写真@)が茂みから辺りを警戒している。虎は悪霊や邪気を払う聖獣で寺社の守り神。道教によって伝来した動物。綾部市内では物部八幡宮に権次一統の作例がある。
本殿の彫物をみると唐破風の兎の毛通しに鳳凰(写真A上部)を設え、破風下に鶴、桁・頭貫の間にイラカを立てた龍(写真A下部)が三本の爪で宝珠を握っている。木鼻には阿吽の唐獅子と象が配され、本殿左右の縁に脇障子を設え、右側のそれに鯉を肩にした漁夫がみえる。鳳凰、龍、麒麟、霊亀は王権のシンボルとされ、中国から伝来した霊獣。
当社の鳳凰、龍などの保存状況は良好である。それら彫物の作風から江戸時代中・後期の権次一統の作品とみられ、7代目権次政次(1822〜1883年)の作品ではないかと思うがどうだか。
一般に象・獏の眼鼻、龍のイラカや舌、鳳凰の形状などから権次一統の作品の見分けが可能かと思われるが、私のような素人には彫刻師の銘板が付置されていない限りその判断には相当、困難が伴う。しかし権次一統の作品はそのキャリアに関わらず一定の様式が固守されており、兎の毛通しに飾られた鳳凰や龍、象の鼻、唐獅子などの形状からそれとわかる場合も無きにしも非ずであるが、権次はせいぜい神社仏閣に巡拝を重ねるしか手だてはないと教えているようにも思われる。
三宅天満宮(綾部市豊里町三宅)
綾部市の物部街道(京都府道)を北方向に進むと由良川支流犀川流域に三宅天満宮の鎮座地がある。神社は綾部市立豊里中学校敷地の東側に接してある。
社殿は拝殿と覆屋に収まった本殿が連なり、彫物は拝殿の拝殿の向拝周りに集中する。唐破風の兎の毛通しに鳳凰(写真@)、破風下に十牛図(じゅうぎゅうず)(写真@及びA)を配し、桁・頭貫の間で龍がイラカを立て宝珠を握って大きく口を開いている。木鼻は梅飾りで隠し、天満宮の特徴が浮き出た社である。
注目すべき彫物は十牛図。下絵が存在したと思うが神社彫刻において氏地の風物や十牛図など抽象的な宗教概念を彫物で表現することはそう容易いことではない。綾部市内の篠田神社(唐破風下のタケノコ図。タケノコさん祭。銘板から彫刻師は権次一統とされている)や御手槻神社(波間に遊ぶカワウの図。御手槻神社)の彫物からその実例を見出すことができる。権次一統の作品の特色のひとつであるだろう。
さらに権次一統は同じデザインの鳳凰であっても社殿の規模を参酌して基本を変えることなく自在に彫り分けている。当天満宮の鳳凰は物部八幡宮(写真左)や丹後(宮津)の仏性寺(写真左)のそれと類型が同じ。縮尺を変えると三宅天満宮と相似形の彫物になる。三宅八幡宮の彫物は権次一統の作品に違いない。強いて言えば6代目の権次正忠の若いころの作品と考えられないか。
御手槻神社(綾部市位田町)
御手槻神社は南北に延びる丘陵の先端を三段に削った台地上に鎮座する。延喜式内社である。由良川右岸地にあって削った丘陵の一段目に境内地、二段目に拝殿、三段目に本殿が建つ。
神社から約60b南に由良川の堤防が迫り、堤防に沿って京都府道74号線が縦貫し福知山市に至る。眼下の由良川の河道を見ると川は神社から約700b上流で直角(北から西)に流れを変え、その下流約500bのところで北東方から八田川が流入する。さらに、約700b下流に栗村井堰がある。
神社は八田川河口の少し上流(位田町)にあって古代には神社前は大きなワンド状の地形を成したらしく、東浦がその名残の地名。鎮座地は浦を成し鳥が舞い鵜が鮎を食む豊かな川辺の在所であっただろう。
鎮守三段目の本殿は三間社流造の立派なもの。向拝から海老虹梁を用い身舎部(もや)に繋ぎ一層高く設えてある。拝殿に隠れ本殿が見にくいが彫物は拝殿周りに集中している。
拝殿の木鼻に唐獅子、象を巡らせ唐破風の下に鳳凰、その下でイラカを立てた龍が顎下で宝珠を握り、大きく口を開いてきっと目を見開き、左前方を睨んで魔物の侵入を威嚇する。鳳凰が飛翔する姿は雄大。川辺で鵜が戯れる彫物は篠田神社や三宅八幡宮のそれと同様に、当地の浦の景を写したものであろう。社殿の立替え記録や銘板の探査は行なっていないが多分、篠田神社の鳳凰などの作風から見て権次一統の手になる彫刻であろう。
大町八幡宮(綾部市七百石八幡)
神社は京都府道486号線(篠田七百石線)沿いの大町地区に鎮座する。由良川支流八田川流域の町。古刹岩王寺があり、近くに国道27号線が通じ、舞鶴にも近く交通至便で古くから栄えたところだ。府道から脇道に入り八幡宮の参道を行くと山腹に社殿がある。
社殿を眺めると、覆屋で覆われた本殿に唐破風の拝殿を繋ぎ、冬の日に輝いている。雪深い山陰地方ではこのような造りの神社が少なくない。
神社の拝殿周りに彫物が集中し、唐破風の兎の毛通しに鳳凰(写真A)が羽ばたいている。破風下に中国風の仙人の彫物図が、木鼻に唐獅子と象の彫物が設えてある。
鳳凰は頭部が欠けているが大川神社のそれと同形の彫物とわかる。拝殿の築年が比較的新しく見え、明治期の権次正胤(1854〜1928年)の作品ではないかと思う。−令和8年2月28日− |
|
|
|