滋賀
鎌掛谷かいかけだにのシャクナゲ−蒲生郡日野町鎌掛−
 思ひきや人の行方ぞ定めなき我が故郷をよそに見んとは 
                           <蒲生氏郷>
鎌掛谷のシャクナゲ 滋賀県の南東部に日野というところがある。鈴鹿山系の西麓にひらけた町。蒲生氏郷の生誕地である。戦乱の巷に身を委ね、定めなきわが身の行方を思うとき、氏郷にとって日野はいつもなつかしいところであったに違いない。
 4月末、近江平野で田んぼの代掻きが始まるころ、日野川の支流耶斧岨川(やふそがわ)の渓流でシャクナゲが咲きはじめる。県花にもなっているシャクナゲは通称「鎌掛谷のシャクナゲ」として知られている。たぶん氏郷も見たであろうシャクナゲの群落が峡谷の北側斜面一杯にひろがる。樹高4〜5メートル。谷筋におよそ2万本のシャクナゲが自生し、4月下旬から5月上旬が花期。紅色の蕾はがやがてピンク色から白色の大輪に移ろって峡谷は実に華やかなものである。
 急斜面に咲くシャクナゲ。人を寄せ付けないばかりか、植物の遷移すら拒んでいるように見える。標高800〜1000メートル付近に自生し、高山植物であるはずのシャクナゲが僅か350メートルほどの里山で咲く不思議は、たぶん地獄谷とも呼ばれる耶斧岨川の深い峡谷にその由縁があるのだろう。冷気が高山に似た環境をつくりだす。岩場の中腹にある展望台から、対岸のシャクナゲの群落を観察できる。シャクナゲのシーズンには日野駅(近江鉄道)から臨時バスが出ている。
 鎌掛谷のミズナラ、クヌギの潅木林もまた美しい。遊歩道を行くと山の斜面にイワカガミ(写真下)の群落があった。光沢のある鏡に似た丸い葉が尾根に沿って群生し、直立した花茎に淡紅色の花を数個つけている。展望台付近ではオオルリ(写真下)が姿をみせた。瑠璃色の羽根を持つ鳥は峡谷の宝石である。
 日野は近江商人の故郷のひとつ。5月の日野祭の日はこの町がもっとも活気づく日。笛、太鼓、すり鉦の囃子に奏でられ、16基の曳山が市街を巡行し賑わう。−平成22年4月−


イワカガミ オオルリ