イワチシャ(イワタバコ)−吉野郡川上村− |
紀ノ川の上流部は奈良県。奈良県五条市から紀ノ川は吉野川と名を変える。広くゆったりとした吉野川の流れが、宮滝をさかのぼりやがて大台ケ原に向かう辺りから、吉野川は深いX字峡をなす。いわゆる電源地帯の入口。そこは、京阪神等の戦後の経済復興を支え続けてきた巨大ダム群が所在し、今なお電源開発が進められている。脱石油エネルギーへの対処の一つとして、水力発電は大いに注目されてよいわけだ。ダムの開発適地が払底したとされる日本の「ダム事情」からみても、そこは残された貴重な開発適地のひとつだろう。既存施設の機能更新や修繕によってしか光が見えてこないけれども、やがて光がさすこともあるだろう。
大峯山塊の渓谷は深く険しい。そこはまた、林業の施業地帯としてきこえたところだ。吉野の杉や桧はいまなお、国産材の評価に選択的な光を放ち続けている。集落を歩くと、山林の地上権の入札広告が集会所の壁などに張ってある。「権利:地上権 設定期間80年 立木:杉・桧50年生」とある。吉野には設定期間300年に及ぶ地上権も存在するという。属人を離れた財産権はその郎党が所有するものと解釈でき、ちっほけな所有を否定している。吉野には伐期300年の民有林があってよい。それは子々孫々にわたって1本の木を育て、慈しむ吉野人の山林への礼儀であるのだろう。
峡谷にひんやりとした冷気が漂う。岩からしみ出る水が苔を育む。その岩肌に皺のある根生葉が密生し、紫紅色のうつむき加減で小さな花をつけている。木漏れ日が岩をさし、5列した花冠にオレンジの副花冠が美しい(写真上)。イワチシャである。学名はイワタバコ(イワタバコ科)。葉の形状がタバコに似ているところからつけられたもののようであるが、名としてはイワチシャが勝っているように思われる。地元ではイワチシャで通っている。栽培のチシャは戦中戦後を通じ、生野菜として食する習慣があった。市場で目にすることはほとんどないが、少し苦味がある。成長が早く、葉をむしると茎がどんどん伸び、すぐにまた若葉をつける重宝な野菜であった。ニワトリの餌にする農家もあった。イワチシャは葉の形状が栽培のチシャに似ており、俗称となったものであろう。大きなものになると葉は30センチほどにもなる。夏季の食用となり、それはまさにチシャであった。たばこの葉に似ていてもタバコの代用にならないイワタバコよりイワチシャのほうが名としては的を得ている。−平成21年8月− |
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イワチシャ(イワタバコ) |
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