奈良
多武峰とおのみねの板碑−桜井市西口−
多武峰板碑 多武峰の談山神社から西門を過ぎ、ハイキングコースに沿って明日香の石舞台古墳に向かうと、道筋の右手に板碑が林立するところがある。頂部は山形、陽刻の二条線を刻み、頂部又は額部に種字が刻んである。梵字のア、キリーク、カを示す種子がみえる。それぞれ胎蔵界大日、阿弥陀、地蔵を表している。板碑はゆうに10基は下るまい。細く高い装飾的な板碑が、林立する様は見事なものである。奈良の板碑は小型のものが多いように思われ、これほど大きなものが存在するとは意外な発見であった。
 のみならず、板碑は当所にとどまらず、細川の上流、「もうこの森」の側道脇にも大きなものが立っている(写真右下)。ゆうに2メートルほどはあるだろう。
 西口の板碑に文禄3(1560)年在銘のものが見られ、板碑群は概ねその頃に建てられた供養塔が主流をなしているかと思うが、種子と名号が刻んである。部材は花崗岩で表面は荒く、願文もあろうかと思うがはっきりしない。板碑も多様で、山形に整形されていない板碑もかなり散在している。さらに、大きな石仏が相当数混在している。西口のこの一角は、談山神社の神宮寺妙楽寺(明治初年の神仏分離で廃寺)に近い。逆修や生前供養が盛んに行われたのであろう。