盆が過ぎたというのに連日、体温を超える日がつづき、干天が老骨にこたえる。この分だと彼岸過ぎまで蒸し暑い日が続きそうだ。
過日、里山の冷気に誘われて杖を曳いた。谷が吐き出す風が心地よい。山行きの歓声がこだました小路はいまは昔。シンとして、ただ陽の光がゆるゆると林床にうつろうのみ。
往くほどに山の端と谷の狭間にでコンテリクラマゴケ(シダ植物)の群落が続き、途切れ、また小班が現れる。薄日が射すと葉は日常、見たこともないような明るいブルーになり、陰ると大人しいグリーンに変る。精一杯、珍客の歓心を買っているようにも見える。この美しいグラデーションを演出するコンテリクラマゴケは何物にも替えがたい森の宝石であろう。地球の温暖化とともに年々その生息範囲は拡大しているように思われる。
コンテリクラマゴケ(学名)の名は‘紺照り鞍馬苔‵の意であるらしい。もともと中国原産で漢名は翠雲草。陽の光を受け翠色に光る雲状の枝葉をこのシダの呼称としたのであろう。なかなか良い名前だが、友人はヒカリタマクラマゴケの別称もあるという。シダには近縁種がやたら多いがどうだか。
コンテリクラマゴケはもともと明治初年のころ観賞用に国外から輸入されたものであるらしい。いつのまにか鉢から這い出して野生化した。美しく、気難しい麗人はとうとう近畿の北辺に辿り着き、翡翠の輝きにも似た光を放ち、人知れずひっそりと棲んでいる。
コンテリクラマゴケの定住歴はもう1世紀を超えた。和洋折衷の洒落ともとれる名。私はヒカリタマクラマゴケとコンテリクラマゴケは同種同名とみるが、その場合呼称としては‘ヒカリタマクラマゴケ’が相応しいと思う。タマ(玉)は陽の当たり具合によって色の見え方が異なる。このシダも光が当たるといつも紺色一色ではなく百変化(ブルー系)する。‘ヒカリタマクラマゴケ’が言いえて妙ではないかと思う。-令和5年8月- |