京都
久世六斎(蔵王堂光福寺)−京都市南区上久世町−
     六斎の太鼓濡るるや朔の雨   〈芳月〉
     六斎や祇園囃子の鉦涼し     〈芳月〉
 洛西33観音霊場の一つに医王山蔵王堂光福寺(19番)がある。天暦9(954)年、平安京の裏鬼門封じとして創建された寺。西山浄土宗の寺院である。
 洛西一帯の開発が進み、光福寺辺りもマンションや商店が立ち並ぶ繁華な市街を形成している。寺の境内にはモチノキなどの常緑樹が茂り「蔵王の森」と賞せられ、市街の夏の大気を濾して涼しい。
 8月31日、蔵王の森の長い参道に露店が立ち並ぶ。今日は蔵王堂光福寺の八朔祭。もともと八朔は8月の朔日(1日)を指し、広く農村で行われていた「たのみ」の行事だった。「たのみ」は‘田の実(コメ)’や‘頼み’に通じ、秋の豊饒を祈り、また日頃庇護関係にある者や嫁の実家などに遣い物をする日であった。各地の八朔風俗は実に多様であり、またこの日に八朔祭を催すところもあった。今日では祭の開催日は新暦、月遅れ、或いは土・日に合わせたりと様々である。京都府下では蔵王堂光福寺や元伊勢(福知山市大江町)、松尾大社(京都市西京区嵐山宮町)などの八朔祭がよく知られ、大名行列(元伊勢)や六斎念仏などの風流や八朔相撲(松尾大社)などが奉納される。
祇園囃子 碁盤乗り
 久世の蔵王堂光福寺の参道を行くほどに、軽やかな鉦や笛・太鼓の音色が聞こえる。八朔祭の始まりのようだ。午後7時ころから蔵王堂で八朔会式が修せられ、拝殿の提灯に火が入ると「久世六斎」の奉納が始まる。
 小学生、若中(15、6〜30歳くらいまで)の上演に続き、いよいよ本番の六斎奉納。揃いの浴衣がけで、軽やかな鉦のリズムに乗って豆太鼓や巴太鼓(中太鼓)の鞭(撥の一種)がしなり、演奏が始まる。弾むような乾いた音色は豆太鼓。小太鼓、中太鼓には太鼓を手に持てるように木のとっ手がある。
 奏者が輪になり、上打の太夫が囃している間、側打は始終、太鼓を差し上げ或いは左右に振り動かし、相の手以外は面を打たず側打ちをする。心地よい軽やかなリズムと音色が境内に鳴り響く。十数曲を演奏。中盤の「やぐら」、「野路の玉川」、「八嶋」の曲目は久世六斎の白眉。太鼓の音色もよく、夜更けのにわか雨の影響を感じさせない見事な演奏であった。演目中、六斎の「四つ太鼓」、「祇園ばやし」は太鼓の打ち方を示すもの。六斎の基本として見覚えのころから学ぶ曲目。和知、位田、山家など京都・由良川沿いの村々で演奏される太鼓囃しは、大太鼓を一人乃至二人で演奏する。六斎の四つ太鼓は巴太鼓(獅子太鼓。中太鼓)を2列2列にまとめて並べ、一人乃至二人で打つ。太鼓は小さいが迫力満点の演奏に拍手が続く。「祇園囃子」は竿棚に鉦を4つ吊して行う、鉦と笛・太鼓の演奏。澄んだ鉦の音色が美しい。トリは「獅子と土蜘蛛」。観衆は碁盤乗りや土蜘蛛と獅子の絡みに拍手喝采。八朔祭の終演は午後10時。3時間に及ぶ久世六斎の演奏だった。−平成23年8月31日−

六斎念仏
 六斎念仏は単に六斎、或いは六斎おどりとも称する。空也上人絵詞伝は、「上人が松尾大社に参ると神が出現して末世の衆生利益のため太鼓をたたき念仏を唱えることを勧められ、上人は六斎日(8日、14日、15日、23日、29日、晦日をさす。月6度の斎戒日)ごとに鉦太鼓をうちならした。これが六斎の始まりである。」と説いている。このほか2、3の起源説がある。
 平安時代末期、大衆が力をつけ仏教への関心が高まると、噛み砕いた仏教知識の普及や往生への動機づけが大事となり、上人はその便法として鉦太鼓の妙声に市井の踊りを交えた踊り念仏を編み出し、一遍らによって全国に伝播し、今日の盆踊りなどの起源ともいわれる。
 六斎念仏の発祥地は京都。踊り念仏を起源とし、六斎太鼓の曲打ちを本態としている。これに能、狂言、大神楽、手踊りなどの所作を取り入れ六斎は次第に芸能性、娯楽性を高め今日に至っている。
 京の六斎念仏の本山は空也堂(中京区)と干菜寺(左京区)の2派。干菜寺系の講中は18世紀中葉に130余存在したといわれるが、現在、ほとんど廃絶し、南山城や丹波周山などにわずかに遺存するのみである。六斎念仏はその習得にかなりの訓練を要し、盆踊りのように即席にというわけにはいかない。後継者難が廃絶の主因と思われるが、加えて干菜寺系六斎においてはその管轄がいつしか九条家にかわり、経費難から上演されなくなり衰退して行ったとみられる。
 京ではもともと西部地域である旧乙訓・紀伊・葛野郡の桂川流域の農村部で盛んに空也堂系の六斎念仏が演じられてきた歴史がある。吉祥院の吉祥院天神や上久世の蔵王堂光福寺の六斎念仏がよく知られている。この地方では盆の棚経に六斎太鼓を奉納する伝統もあるという。六斎太鼓の心地よいテンポと鉦太鼓の音色の美しさに魅せられて、六斎ファンもまた多く、八朔祭の盛況を支えている。−平成23年8月−