甕の記憶(清水神社)−高松市−
 高松市郊外に、清水神社という社がある。神社の境内に2口の水甕が埋納された甕塚がある。埋納された甕は雨乞いの神具であったと伝えられる。
 讃岐の降雨量は全国的に少ない。水量豊かな大河川はほとんど見当たらないにもかかわらず、讃岐は古代から米どころだった。いまでは、ダムや香川用水などの水利施設が整い、灌漑期には地下水のポンプアップも行われるようになり、かつてほど水不足に見舞われることは少なくなったが、讃岐のおびただしい数の溜池は、今日においてもそれが重要な水源であることには変わりがない。
 県下には、満濃池、平池、新池のような巨大溜池をはじめとして大小約2万余の溜池が築かれている。しかし、雨が降らなければその機能は減殺され、県下各地で雨乞いの神事が行われた。綾南の滝宮(たきのみや)の念仏踊りや仲南の綾子踊り(風流踊り)が雨乞いの様子を伝えている。
 雨乞いは念仏踊りばかりではなく、女体山などの山頂での祈祷や集落のお堂などで地区民が数珠繰りなどの行法を行い、また竜神・水神などに祈願する風などもありその形態は多様であった。
 清水神社の雨乞いは一風変わったものである。日照りが続くと境内に埋納された2口の甕を掘り出し、神社近くに残る上御盥跡(かみたらせき)で神水を汲み、甕を洗い清める行法で雨乞い行われた。行法が終わると甕はまた地中に埋められた。神社の祭神は景行帝の皇子・神櫛王。讃岐開拓の祖である。
 農業用水に限らず水の確保は、いつの時代にも最重要の課題である。甕塚の前に立ち、讃岐の水と農業に思いを馳せ先人の苦労を偲ぶのもいい。
甕塚 清水神社
甕塚 清水神社