讃岐の玩具-高松市等-
ホーコさん
海老持人形
  栗林公園の園内に商工奨励館という純和風の木造二階建ての建物がある。讃岐の伝統工芸品の常設展示館である。折々に讃岐の名工による伝統工芸品の製作実演や特別展などが催され、観光や公園散策の楽しみにしている人も多い。この奨励館の玄関口に身長2メートルほどの大きな「ホーコさん」(写真左)の張子人形が展示してある。
  「ホーコさん」は、お姫様のお側仕えをしていたマキという童女を人形にしたもの。おマキは姫君の病をわが身にうつしひとり島で亡くなるのであるが、お姫様の病が全快したので人々がおマキを「ホーコさん」と呼び褒めたたえると、おマキの姿が人形になったという伝説がある。子供の病気よけの玩具として人気がある。まことに素朴な俗信によってホーコさんは庶民に支持され、 今日においても高松の代表的な玩具となっている。
  高松の玩具は、素材も種類も多様であるが、張子と土製のものが圧倒的に多く一般的である。鯛持人形、常盤御前、お多福、亀持人形、首ふり虎(又は猫)、子守など随分多くの張子系の玩具がある。また、土製の玩具も鯛エビス、海老持人形、犬(チン)鯛人形、俵のり大黒などがあってこちらの方も様々な種類がある。
  江戸時代から昭和の初め頃まで大量に生産された「嫁入人形」は、土製の犬(チン)鯛人形や海老持人形などであった。婚儀のあるお宅では、嫁入人形を親類や子供たちに配る風があった。大変特異な習俗であるが、犬(チン)鯛人形は、犬の多産にあやかった子孫繁栄、真っ赤に彩色された鯛や海老は慶事のおすそ分けというところであろう。西日本では、昭和40年代ころまで婚儀のあるお宅で駄菓子や餅などを配る風があった。高松では、嫁入人形を半紙などの引き出物との抱き合わせで配る風が昭和初期のころまで残っていた。
  栗林公園の民芸資料館や片原町の「ひさ六」(民芸店)のショーウインドーに、故宮内フサさんの海老(鯛)持ち人形、常盤御前などの張子人形や雛さまの作品が展示されている。みな温かく味わいのある人形ばかりである。宮内さんの張子人形の作品は、相当広範囲に及んでおり、だるま人形などの作品もある。三原の極楽寺境内の達磨記念堂に宮内さんの張子だるま(写真左)が展示されている。よい表情で備後の堂で異彩を放っている。
  県下には、琴平のコンピラデコ、丸亀の御座船、善通寺のおへんろなど地域色豊かな玩具が随分多い。無名の工人によってつくられ、安価で温かく庶民の夢を育む玩具は、その素朴さゆえの美しさもある。玩具は童の情操を育む利器であるだろう。

  張子のトラなどは全国的に共通した人気のある玩具であるが、地方地方の特色があってなかなか面白いものである。博多の張子のトラ(写真右)は目鼻立ちから耳にいたるまでなにかしら「どんたく」の着想が生されているように思う。香川のトラ(写真左)と比較されるとよい。
高松風鈴
  玩具はまた廃絶に至ったものも少なくない。高松風鈴もそのような運命をたどった玩具のひとつである。大、小二様あり、大型のものは吊るすと全長1メートルにもなる。六角形のガラスの行灯(あんどん)の下に風鈴を吊るす。風鈴は、四角形の小さな舌ガラスが短冊形のガラスの板に当たると透き通った美しい音色を奏でる構造になっている。すべて手作りだった。行灯に赤と黒の金魚と水草、風鈴に藤やアヤメの花が描かれていた。ずいぶん華やかで行灯にろうそくを灯すと幻想的な玩具だった。普段は、床の間などに飾られたのであろう。この高松風鈴も10年ほど前に廃絶になった。たまたま片原町の「ひさ六」で保存されていた高松風鈴を譲っていただいた。高松風鈴は、日本でもっとも大きく華麗な風鈴ではなかっただろうか。
  讃岐にはこのほか皇子神社の祭船(庵治)、塩飽おどり(丸亀)、がらがら(多度津)など郷土色豊かな玩具があったが廃絶になっている。

心だに 誠のみちにかなひなば 祈らむとても 神やまもらむ <菅原道真>
  讃岐の玩具の中には、年一度の祭りの日だけに配られる特異なものがある。毎年4月24日に行われる滝宮天満宮(綾南町)の「うそ(鷽)かえの神事」で授与される「うそどり」がそれである。一体(羽)700円ほど。乾燥させた10センチほどのウルシの木を薄く削り、カールした木片を羽根にみたててある(写真左)。授与されたうそどりを他人のものと取り替えると、悪事がうそとなってよき(吉)にとり(鳥)かわると信じられている。境内は、「かえましょ」「かえましょ」と呼びかける声でたいそう賑やかである。
  滝宮は念仏踊りでもよく知られた神社で綾川のほとりにある。近年、神社の対岸に「道の駅滝宮」(国道32号線)がオープンし、綾川の遊覧(滝宮公園)を兼ね祈願に訪れる人も多い社である。-平成17年3月-
明けてうれしい天満宮の 春のうそかえ緑となる <野口雨情>
 九州の大宰府天満宮のうそかえ神事は、例年、正月7日に行なわれる。境内の絵馬殿のそばに斎場が設けられ、午後7時から鷽替え神事が行なわれる。提灯の火が消えると、木うそ(写真右下)を持った参詣者が「替えましょ、替えましょ」といいながら木うその交換をしあって、嘘を真に変えるというもの。お終いに抽選が行なわれ、当選者には金の木うそが授与される楽しみも伴っている。当日は鬼すべ神事が行なわれ、境内は夜遅くまで大勢の参拝者で賑わう。
 境内に嘉永年間に奉献された青銅のうそ鳥(写真左上)が境内に奉納されている。木うそ(写真左下)は神事当日は境内の授与所で頒布されているほか、みやげ物店でも売られており、容易に入手できる。木うその材料はホウの木。筑紫の代表的な玩具のひとつといえよう。
  九州は道真公ゆかりの土地であり、うそかえ神事も大変盛んである。有明海沿岸の都市、大牟田の駚馬天満宮では楼門の左右に一対の鷽鳥(写真下)が奉納されている。毎年3月にうそかえ神事が行われる。「ウソ鳥はとり替えるほど吉にかわるというので、かえましょ、かえましょとうるさいぐらい盛んでした。抽選があって吉がさらに金の鷽鳥にかわる(当たる)というので、必死の思いで交換しました。最近は少し静かになりましたが賑やかなものです。」と地元の方。この町にも素朴な信仰が息づいている。-平成15年-
駚馬天満宮(大牟田市)