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伊藤博文生家−光市大字束荷− | |||||||
生家は茅葺、寄棟住宅で濡縁がある質素な農家住宅である。伊藤公は天保12(1841)年、当地で生を得て萩に転居するまで9年間、この住宅で過ごしたという。 萩に出て吉田松陰の塾生となった博文は高杉晋作、木戸孝允らとともにもに維新の志士となって近代日本の礎を築いたひとりである。 明治18(1885)年、初代内閣総理大臣を務めたが、ハルピン(現中国)で凶弾に倒れた。享年69歳。明治維新は、下層武士、農民、町人ら庶民によって成し遂げられた偉業。博文の生家に入り、庭先から束荷の田園など眺めているとそのような感慨がわくものである。旧伊藤博文邸は明治43(1910)年の建築。木造モルタルの洋風建築物。二階に和室、床の間などがある。−平成19年2月− |
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