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崇福寺門前の風景−博多区千代− |
福岡県庁にほど近い博多の静かな街通りの一角に崇福寺(そうふくじ)がある。通りに面した参道をゆくと、見上げるように大きな山門(黒門。写真)が古刹の威容を誇っている。福岡城の数少ない遺構のひとつである。
参道にろうそくや線香などを売る店が4軒、軒を連ねている。どの店にも絵馬が懸けてある。ベニヤ板に制帽姿の学生、女学生、幼児などの絵馬が数種類。絵具で彩色された手書き絵馬である。絵柄に合わせ入学、入社の合格祈願、幼児の成長など思い思いに願い事を書き、お堂におさめておくと4日、14日、24日と4のつく日に作法していただけるとのことである。若い男女が背中合わせの別れの絵馬もある。事情があって離別の願掛けをする人もあるのだとか。絵馬はみな古風なタッチで描かれている。明治、大正時代の雰囲気が出ていて心が和むものがある。
ひとりまたひとり、黒門をくぐり地蔵堂に向かう人がいる。地蔵堂の前には百度石がある。この寺では今なお百度を踏む参詣者が絶えないという。門前の街通りには小売店舗が軒を連ね古い博多のよい雰囲気がある。 |
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崇福寺は西暦1240年(仁治元年)、湛慧禅師の創建。寺はもともと大宰府の横獄にあった。官寺となって後嵯峨天皇から「西都法窟」の勅額が与えられた。寺は天正年間の兵火によって類焼し、1586年(天正14年)に黒田長政によって当地に再建された。臨済宗の寺。山門(黒門)は福岡城本丸表門の遺構(写真上下)。建築物、絵画、文書など数多くの文化財を所有する寺である。寺歴から黒田家との縁が深く、長政公など歴代藩主の墓や博多の豪商嶋井宗室など著名人の墓がある。−平成17年− |
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