阿波史跡公園-徳島市国分町西矢野-
   初老の男性と顎鬚をたくわえた青年がゆっくりとした歩調で丘を登り、集落に戻ってくる。青年が門口で背負っていた籠をゆっくりと下ろすと、母親らしき女性が籠から手際よく鮎やその他の小魚を選んで屋内に消える。まもなく屋根から煙が立ち昇り、魚を焼くおいしそうなにおいが辺りに漂いはじめた。・・・
  そのような光景がうかぶ竪穴式住居群が国分町西矢野の丘陵地の一角に再現されている。矢野地区は、吉野川と鮎喰川に挟まれた楔状の土地の南部に位置し、背後から丘陵の尾根が長く張り出し平野部に迫るとこるにある。
 当地は洪水の危険も比較的少なく、阿波の要害の土地であったのだろう。古くは国庁が置かれ、国分寺などが甍をならべた阿波の中心地だった。宮谷古墳や矢野城址など史跡が多く、それらと竪穴式住居群などを遊歩道で有機的に連結させ、一大史跡公園が整備されている。まことに嗜好のよい公園である。
  入母屋式竪穴式住居の外観や、内部から住居の軸組みなどを見学するとよい。竪穴式住居は、棟のあり方などに若干の変化はあるものの、今日の木造家屋の屋根の構造と基本的に同じである。土間に座れば、当時の生活の実感も湧く。私たちは、史跡公園を訪れることによって、歴史の追体験ができる。家族連れであろう。史跡公園の広場でバトミントンに興じる姿が見える。