早春賦(吉和川)−廿日市市吉和−
 峡谷にマンサクの花が咲き始めた。マンサクは早春の息吹。小さな花が吉和川峡谷の春を告げている。マンサクは、まずさく(春一番に咲く花の意)からマンサクに転じたという俗説があるように、雪がとけ峡谷にほとばしる水が清冽さを増すころ深山で一番早く咲く花。秋の紅葉とはまた趣の異なる瀟洒な花。小さな黄色の花を小枝の先までいっぱいにつける。これほど季節のイメージが異なる樹木もほかにはあるまい。
 ミツマタもマンサクと同様に早春の深山に彩を添える花であるが、繊細さにおいてマンサクにはかなわない。やっぱりマンサクは峡谷の女王である。
 春夏秋冬、季節季節に様相を変える吉和川は、いつ訪れても私たちに新鮮な感動を与えてくれる。深いグリーン色をした片岩に、蛇紋をくねらせ峡谷にみずみずしい造形を演出する吉和川は感動的である。落葉の喬木、岩を食むカツラの木。峡谷は、一つ一つ、よい構図の展示場だ。
 峡谷を縫うようにして国道488号線が通り、吉和から島根県益田市の匹見に通ずる。道は険しく、大型車の通行は困難。乗用車の離合にも困難を極め、容易ならざる乗用車の通行の困難さが、吉和川の自然を守っているともいえる。まもなくミズナラ、ブナ、針葉を落としたカラマツの芽吹きが始まる。3月の中旬には渓流釣が解禁になる。−平成19年3月−
 コアジサイ(吾妻山)−庄原市比和町−
コアジサイ(吾妻山) 中国山地の中央部に深い緑をたたえた比婆山連峰が横たわり、島根県境に尾根を連ねている。
 比婆山御陵(標高1264b)は、比婆山連峰の中核をなす山。御陵の北に烏帽子山(1225b)、南に立烏帽子山(1299b)、竜王山(1256b)が馬蹄形に連なり、御陵の西に吾妻山が対峙する。
 吾妻山は、イザナギノミコトが御陵に眠るイザナミノミコトに向かって、「吾が妻よ」と呼びかけたという伝説の山。
 山麓一帯は、鉄穴流しによる砂鉄の採取やタタラ製鉄の遺跡が散在する。吾妻山山腹のため池はそうした遺跡のひとつである。豊かな潅木林は、鉄を生み出す神の山。竜王山南山麓に奥院比婆山の遥拝所熊野神社が鎮座する。 
 比婆山連峰は、ブナやミズナラの混成林がみられるところ。梅雨の頃、山麓の林庄でコアジサイが握りこぶしほどの花をつけている(写真上)。倒木や柴の間から伸びでた花は、清楚で青く澄んでいる。コアジサイの群落は、品のいい絵画を見るようである。ヤマアジサイなども慈雨をえて比婆山麓を飾っている。−平成18年6月−