古墳と氏寺(高徳寺古墳等)−世羅町等−
梅木平古墳
横見寺廃寺跡
 県下における白鳳期の寺院跡は、横見廃寺や高徳廃寺など旧備後国に分布する。
 さらに、それらの廃寺に接するようにして古墳が立地するものがある。古墳はいずれも県下有数の横穴式石室を備え、築造年代はいずれも6世紀の終末期とみられる。梅木平古墳と横見廃寺(写真左。三原市)、高徳寺古墳(世羅町)と高徳廃寺などである。廃寺跡から出土する瓦などから寺の造営は白鳳期とみられ、6世紀築造の古墳との間に若干の年代のずれはあるが、国郡制がひかれる以前に当地に権力基盤を有していた土豪がそのまま律令制下の大領(郡司)に組み込まれ、氏寺である寺院を私有して従前の権力構造を維持していた証であろう。凡氏一族の墳墓とみられる古墳群と福光寺廃寺(山県郡)などにもそうした推察が許されるであろう。
 いずれにしても、仏教寺院がようやく奈良の都に建ち始めたころに、備後や安芸の草深い山間できらびやかな伽藍をもつ土豪の氏寺が散在していたのである。−平成18年5月−