滋賀
冠雪の比良山
 琵琶湖の東に聳える伊吹山、その西に控える比良山。両山の冠雪が湖国の冬を告げる。
 新幹線の車窓から或いは名神高速道を行く車の窓から両山が視界に入ると、私たちはここが近江路であることを意識する。中山道或いは東海道を往き、草津或いは守山宿で旅装をとく者は比良の連山に都を強く意識したに違いない。
 特に冠雪を戴いた比良の連山は美しい。「比良の暮雪」は近江八景の一つにかぞえられる。千メートル級の連山が輝き、また夕日に染まる山容は秀逸である。
 比良山はまた前景によってその雰囲気が異なる味わいのある山である。京都の大原戸寺の山麓から眺める残雪の比良山はのどかな田園のイメージをかきたて、琵琶湖のエリ(漁具)の背後に、或いは湖岸の岬越しに比良山を置くとまた味わいの異なる比良山が現れる。菜の花を置くとどんなものか。湖国にはなかなかの知恵者がいて、湖岸を往く楽しさも倍加するというものだ。−平成22年2月−

 楽浪ささなみの 比良山風ひらやまかぜの 海吹け   ば 釣りする海人あまの 袖
 かへる見ゆ    <万葉集 1715  槐本>
 「楽浪」は琵琶湖の西南海岸に当たる旧滋賀郡一帯の呼称であろうといわれる。琵琶湖大橋が架かり橋より南を南湖と称し湖を南北にわける着想はその形状等の差異を反映していて的確なものである。大津市の中心部から琵琶湖大橋に至る南湖は細長い水路様の形状をなし、それに対し大橋から北の北湖は大海を成す湖である。いまは旧滋賀郡の町は大津市に編入され、大津側の比叡山も旧滋賀郡側の比良山もみな同じ山に思いがちであるが、古代に唐崎辺りから北国に向かう旅人は様相の異なる大海に恐れすら抱いたことであろう。春3月、屏風のように聳え立つ比良山(写真上)から吹き降ろす寒風は、ことのほか冷たく厳しいものだ。旅人は比良八荒(ひらはっこう)と恐れられた強風によって船が沖へ流されることを恐れたに違いない。槐本やK人の歌などはそうしたこわい風への不安と寂寥を滲ませる。1715歌の作者槐本について、柿本(人麿)の諸説がある。
 わが船は 比良の湊に 漕ぎてむ 沖へなさかり さ夜更け
 にけり     〈万葉集 274 高市K人〉