奈良
能登川−奈良市−
能登川の 水底さえに 照るまでに みかさの山は 咲きにけるかも  <万葉集>
 能登川は、奈良市街の東郊を流れる川である。
 能登川の水が光るほど、三笠山の桜が満開になったという、万葉の春の実景がにわかに覚りがたいほど、その川は小さい。佐保川、よしき川など奈良市街を流れる川は、みなささやかなである。しかしそれが、歌に転じるとき、情感に溶け込んで川はふくらみをもつ。
 能登川は、高円山と春日山の間隙、地獄谷に源を発し、上流部ほど川幅があるふしぎな川である。今日の能登川の水量は少なく、とうてい万葉の昔を思うことはできない。
 否、能登川の源流が原生林として厳格に保護されてきたことなど考えると、高円山も春日山も今と奈良時代を比較してもそれほど山容は変化していない。生活用水等への取水状況を調べたわけではないが、能登川の規模や水量も今も昔も大きく変わることはないだろう。そうすると、万葉の人々は、歌人であれ一般であれ、私たちと同じものを見ていても豊かな情感によって、雄大に或いは細やかに自然を歌い上げる力があったわけである。自然にふれ、自然を友として生きる生活も大事であろう。