京都
伊根山の歌碑-綾部市野田町-

 綾部市野田に伊根山という小高い山がある。標高100メートルほどの円錐形をした何の変哲もない山である。しかしこの山、綾部市民には何か特別の山であるらしい。麓から山頂にかけ「お四国さん」がめぐり、季節には朴の木の白い花が満山を埋める。弘法さんの一寸した信仰の山のようであるが山

繭ピー(伊根山山上)
歌碑の一つ
くわ初めの鍬にあたりし石のおと
黒谷川に楮さらして家いえに
和紙立てほせる冬日しづけき
故郷は繭の明るさ雪明り
何処の児もどこかが甘茶仏に似て

上、山下に寺院があるわけでもない。山上に流行りのユルキャラ風の繭を模ったジオラマが恭しく顕彰されていて、眼下に由良川の流れや綾部市街、大本の弥勒殿の大屋根を眺望できどうもこの山はかつての蚕都・綾部を象徴する或いは綾部というところを俯瞰するのにふさわしい場所として存在しているらしいのである。
 正月5日、膝まで積もった伊根山の雪をかき分け、山道を行くほどに漢詩、短歌、俳句を刻んだ歌碑が百基、麓から山上めがけて並んでいる。雪にうずもれた歌碑のむこうに大江山連山が虚空を衝いている。歌碑は二十数年前、市制施行40周年を記念して地元の俳人などが句を持ち寄り、自筆の筆跡を石に刻んだものであるらしい。歌人の多くはもう故人となられ、紫雲となってこの小高い山上の峰に遊んでおられるjことであろう。
 詩歌は丹波の春夏秋冬を詠ったものであるが、今はもうその民俗や情感が忘れ去られたものも多いであろう。歌中、冬を詠ったものを二、三紹介しておきたい。正月行事の「くわぞめ(1月)」は綾部では廃れた。仏生会(花祭。4月)で誕生仏(甘茶仏)に甘茶をかける機会もめっきり少なくなった。黒谷和紙の生産も少なくなった。都市に出た若者が雪明りに繭を想うこともなくなった。
 よい季節に伊根山を歩き、歌碑に親しみ、綾部を考えてみるのもよいであろう。−平成27年1月−