兵庫
但馬の王国−朝来市和田山町−
 兵庫県北部に和田山というところがある。そこは日本海に注ぐ円山川の上流部に位置し、但馬地方の南部にあたる。竹田城跡やヒメハナの群生地でしられ、訪れる人も多い町だ。
 この町が古代・但馬の王国として一躍、脚光をあび始めたのは、高度成長期から始まった道路開発からだった。畿内の王墓級の墳墓が次々と発見された。卑弥呼の鏡に例えられる三角縁神獣鏡が3面、出土した「城ノ山古墳」(円墳。4世紀末)、畿内型の盾形周濠をめぐらせ、長持型石棺に首長が埋葬されたとみられる全長170メートルの「池田古墳」(前方後円墳。5世紀中頃)、日本最古で鼻輪をつけた牛の埴輪が出土した「船宮古墳」(前方後円墳。5世紀前半〜中頃)、直径90メートルの「茶すり山古墳」(5世紀前半)など4世紀から6世紀にかけ築造された古墳が、目を見張るような遺物を伴って発見されたのだ。
 「茶すり山古墳」は私市円山古墳(綾部市)を凌き近畿地方最大の円墳である。 見上げるような巨大な墳丘に立つと、眼下に加都集落が、その向こうに出雲に通ずる山並みが小雨に煙ってみえる。
 和田山は東西に丹波、出雲、南北に播磨、北但馬(日本海)に通ずる交通の要衝にある。朝鮮半島など環海からもたらされる文物は早くから出雲路や円山川の舟運を通じ当地を経て四方に流通していったことだろう。その流通をつかさどった者こそ和田山の王であったに違いない。
 円山川の流域面積はそれほど広くはない。巨大な古墳と立派な遺物はやっぱりその流通を担い、富を蓄えた王なくして考えられない。かつ大和王権の宿敵ともいえる出雲の存在は、いつも大和王権の不安材料であったはずだ。和田山王の武力をもって対出雲の抑止力とし、その富を保証したのだろう。そのような感慨が髣髴として湧くのも南但馬・和田山の魅力であるだろう。
 古代和田山の展示施設、「朝来市埋蔵文化財センター 古代あさご館」が道の駅「但馬のまほろば」(北近畿豊岡自動車道。一般道からも進入可。相互乗り入れ不可)内にある。 −平成30年3月−

長持型石棺
(池田古墳)
家型埴輪
(茶すり山古墳)
三角縁神獣鏡(城ノ山古墳)