九州絶佳選
福岡
香春岳-香春町-
豊国の香春は吾家 紐の児に いつがり居れば 香春は吾家  (万葉集巻9-1767 抜気大首)

 「香春は吾家」、「香春は吾家」と憑かれたように詠う大首。都会的な雰囲気もある香春岳の麓で、紐の児と心を通わせたのであろう。香春は、都を遠く離れ大宰府に入る或いは大宰府を立ち都に向かう官人が万感の想いをしのばせるところであったようだ。
 田川盆地の東方に異形の三山が聳えている。写真の手前から一ノ岳、二ノ岳(468b)、三ノ岳(511b)が行儀よく南北に並ぶ。土地の人々は、三山を総称して香春岳(かわらだけ)と呼ぶ。一山、二山、三山、ビュートの山容が織り成す景観は、神仙に通じ清冽である 一ノ岳はもともと標高が500メートルほどあった山。セメントの原料である石灰岩からなる山は、昭和10年から平成16年まで約30年間にわたって採掘が続けられ、今は300メーほどに削られている。
 山から生まれ変わったセメントは、国内はむろん世界各国へも移出された。一ノ岳は、まさに200メートルほど身を削り、世界の産業振興に貢献したのである。三山がまだ揃って天を衝いていたころ、香春に行乞の旅をした山頭火は詠む。
香春見あげては虱とってゐる <山頭火>
香春町は、田川の東側の玄関口に当たるところ。中津街道から田川を経由して太宰府に至る官道・田河道(たがわじ)の宿駅で栄えたところ。古くは三ノ岳山麓から銅を産し、宇佐八幡宮に奉納する鏡を鋳造した清祀殿が残っている。一ノ岳の麓にある香春神社は、渡来神辛国息長大姫大目命を祭る古社。一ノ岳の東に所在する鏡山には、筑紫で没した太宰帥河内王の山陵があり、宮内庁管理になっている。香春は古色も漂うよい町である。−平成17年−